短編集

□僕の歌姫
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 真っ白なシンプルなワンピースが似合う華奢な体。
 太陽のように輝く金色の緩いウェーブのかかっか髪。
 空のように澄み渡った青色の瞳。
 まるで、芸術作品の女神のように整った顔。
 そして、何より美しい、では表現できない彼女の魅力的な歌声。

 サーカスの花形歌姫に僕は、魅了されていた。





「紅茶はぬるくしときなさいって何回言ったらわかるの。」
 静かな声と共に、中身の入ったティーカップが僕の腕を直撃した。
 僕の服は紅茶で色が変わり、ティーカップは地面に落ちて粉々に砕け散る。
「も、申し訳ありません!」
「謝る暇があったら入れ直しなさい。」
「はい!」
 今回は完璧に入れたはずだった。
 ちゃんと薄めの味にして、紅茶もしばらく冷ました。
 当たった紅茶だって、ちゃんと人肌の温かさだった。
 彼女は何が気に入らなかったのだろう。
 僕は割れたティーカップの破片を拾うと、厨房に小走りで引っ込んだ。

「おい、今日も女王様はご機嫌斜めだな。」
 さっきの騒ぎを見ていたのだろう。
 にやり、と僕を見てガンツが笑う。
「彼女が機嫌いいところなんて、見たことないよ。」
 僕は割れたティーカップをごみ箱に捨てると、新しく紅茶を入れる準備を始めた。
「しかし、お前も憧れの歌姫があんなので嫌だろ。」
「嫌ってわけじゃないけど――。確かに幻想は打ち砕かれたね。」
「アンジェは舞台じゃあ文句ないんだけどなぁ。」
 はぁ、とガンツは溜息を吐いた。
 こっちがそうしたい。

 アンジェリーク・ルアンダ。
 このサーカスの歌姫で、僕の憧れの人。
 僕は彼女に憧れてこのサーカスに入り、そして、彼女の付き人になった。
 絶世の美貌に奇跡の歌声。
 まるで女神で、彼女は十年以上も、その変わらない美貌で、花形としてこのサーカスを支えていた。
 だから僕は思っていた。
 内面もさぞかし美しい、優しい人なのだろう、と。
 しかし違った。
 横暴で、わがままで、高飛車で。
 でも、彼女の歌はまだ僕の心を掴んで離してくれなくて。
「ガンツ、アンジェの好みの温度、わかる?」
「熱くなく冷たくなく、しかわからんな。」
「何年この厨房にいるんだよ。」
「うるせぇ。」
 さっきよりはやや熱めに紅茶を冷ます。
 今度は気に入ってくれるといい。
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