「席替えをするぞー」
担任のリーバーが発したその一言が、今まで騒がしかった空間に静寂を生んだ。
しかしそれは一瞬のことで、教室はそわそわとした空気に包まれ、あちこちから歓声やら奇声やらが上がる。
たかが、適当に作られたくじと自分の運で決められる、席替え。
ただ、それだけのことで一喜一憂する奴らの気がしれない。そんなことを考えている内に、俺にもくじが回ってきた。
一通りくじが回り、今ここにいない奴の分はリーバーが適当に決めた。
だからなのか、俺の隣には誰もいなかった。その代わり、そこにはクラスが変わってからずっと持ち主のいない机がある。
…別に誰が隣だろうと関係ない。が、やけにその空白が気になって、机を凝視していると不意に背中を突かれる。
反射的に振り返るとそこには尻尾のような黒い髪を揺らし、楽しそうに笑う藍色の眼があった。
「よっ、かーんだ」
「何だ尻尾頭」
「それならお前も尻尾頭だろ?また近くになったな」
「俺は嬉しくねえがな」
相変わらずつれねえの、と大袈裟にため息を吐く尻尾頭こと黒崎を一瞥し、席に着こうとしたが引き止められる。
「…なんだ」
「話をちゃんと聞けっての。お前、隣が誰か気になってんだろ?」
「別に気にしちゃいねえ」
「玖澄始音。俺の幼なじみだよ」
人の言うことに耳も貸さず話し続ける黒崎を無視しようとしたが、ある言葉が耳に飛び込んできて、動きを止めた。
「幼なじみ、だ?」
「そ、幼なじみ。神田はまだ会ったことねえよな。あいつ身体弱くてさ、昔っから入退院を繰り返してんだよ。…神田?どうした?」
幼なじみ。
その言葉に絶望感を覚えたのは、後にも先にもこのときだけだろう。
何しろ相手は様々な厄介事を運び込み、次々と変人を呼び寄せる、あの黒崎だ。
こいつの幼なじみともなれば、とりあえず普通の人間であるわけがない。
とりあえず、このとき分かっていたのはまた俺の周りが騒がしくなる、ということだけだった。
隣の空白(この空白が日常を変える)