中編

□黒い手帳
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――思えば、最初は誰でもよかったんだ。

「次は新宿……次は新宿です」

一番暑いと感じる8月の夏。動くことも許されない、混雑した電車の中に私はいる。仕事が終わり、今は帰宅中だ。都会での生活も慣れてきて、今ではこんな都会も結構お気に入りだ。始めは、人がゴミのようにたくさんいる、というイメージしかなかったけど。
都会なだけあって、駅と駅の間の距離は短い。ので、電車の中はすぐ人と人が入れ代わる。私もその一人で、家からの最寄り駅で私は電車から降りた。
降りた瞬間、一気に熱風が体全体を打ち付けた。冷房の場所とは違い、夏と感じるホームに、私は思わず暑、と言葉をもらしていた。

ふう、と一息するが、混雑には変わりなく。駅のホームなのでさすがに身動きができない、ということは無いが、人の多さには毎回驚かされる。

「とりあえず携帯っと……」

友人に連絡をしなければ。明日の夏祭りについてメールすると伝えてあるので、今送らないと待ちくたびれてしまうだろう。

そっと携帯を取り出すと、私が突っ立っていたからか、誰かの肩が当たってきた。
「いた!」

カラン
思わず、携帯を落としてしまった。急いで拾おうとするが、歩く人が邪魔して中々取れない。

「……もう!」

いい加減うざくなってきた。誰か私の携帯の存在を気づいてくれてもいいんじゃないか。
そんな時、突如視界から携帯が消える。

「あれ……?」
携帯、どこに行ってしまったのだろう。辺りを見渡すが、携帯の姿は無く。

「困ったな……」
そう呟くと、私の前に視界から消えた、携帯が目に入った。

「あ……これ私の!」
「なんだ、これあんたのか」
「……え?」

よく見ると、携帯は誰かの手によって持たれていた。自然と視線が手の主の顔に行く。

「ほら」
「あ、ありがとうございます……」

その人は黒髪で髪が長く、私と歳が同じくらいに見える男性だった。

「こんな人込みな所でもう物落とすんじゃねえぞ。オレみたいにいつも誰かが拾ってくれる訳じゃねえんだからな」
「は、はい……」

私が返事をし彼から携帯を受け取ると、それを確認し、彼はじゃあな、と遠くに行ってしまった。

「あ……」
名前くらい、聞けばよかった。今頃思ってももう遅いが。

ふと足元を見ると、何かが落ちていることに気づいた。

「これは……?」
……さっきの人のだろうか。渡した方がよいだろうけど、既に彼の姿は無く。



黒い手帳



(ユーリ・ローウェル……あの人の名前かな)

そして、目の前に落とされた手帳を、私は静かに手に取った。

落とされた手帳のページをぺらぺらめくると、不思議なことに明日私も行く予定の夏祭りのことがかかれていた。
その手が震えたのは、ときめいたから――では無いと、自分に言い聞かせた。










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