短編

□雨の中で
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ポタポタと、髪から雫が落ちる。天気予報には無かった雨、通り雨だ。傘もささずに、ただ私はそこにいる。

つい、数時間前のことだ。私はいつものようにギルドの仕事を終わらせた。だが一つだけ違うことがあった。

「ユーリ喜ぶだろうな……なんせ、私からの誕生日プレゼントなんだから!」
そう、今日は彼の誕生日。彼が欲しいと言っていたものを右手に、私は彼のもとへ向かっている。

「ここを右に曲がってと……」
ここを曲がれば、大好きな彼がよくいる草原に出る。私はその草原を知らないことになってるから、私がそこにきたらビックリするだろう。

私が草原につくと、案の定そこに彼の姿はあった。私は笑顔で左の手を振り、彼の名前を呼ぶ。
「あ!おーい、ユー……」
言いかけて、止めた。

私の目の先には、笑顔で女の人と話している彼の姿があった。それに反して、私の顔から笑顔が消えていく。振っていた手も、気づいたら下ろしていた。

「ユーリさん、お誕生日プレゼントです。喜んで頂けるかわかりませんが……」

「何いってんだ、おまえから貰ったものなら全部嬉しいに決まってんだろ」

そうしてユーリが貰ったものは、私が上げる予定だったものと同じ、腕時計だった。

「……あ」
私はそれを見た瞬間、気づいたら駆け出してその場を離れていた。

ユーリが他の女から物を貰ったりするなんてことがあるのか。いや、おそらくは無いだろう。きっとあそこにいた女の人は、ユーリにとって私よりも大きな存在なのだろう。

どれくらい走っただろうか。わからないくらい走り、息があがってくる。私は走ることをやめた。やめると、手に何かが足らないことに気づいた。
「腕時計……落としちゃた」
小さく呟いて、私は空を見る。

「あんな笑顔……私には向けたことないのにな」
あの笑顔は大切な人にしか見せない笑顔、なのだろう。私は、彼にしか一番の笑顔を見せなかったのに。

「失恋……かな」

ポタッ
私が呟くと、頬に雫が落ちてきた。雫は次々に落ちてくる。やがてそれは、大きな雨へと変貌した。

「まるで、私の心の中みたい……なーんちゃって」
出来るだけ明るい声で言ったつもりだったが、全く明るくなく、声はふるえていた。それに、私は少し驚いた。不思議なことに、落ちてきた雫は塩の味がした。




雨の中で




しばらくたった今も、雨は止まぬまま。塩の味も一行に無くならない。
「なんでだろ……雨がしょっぱいや」

私の声は、中々やもうとしない雨に消えた。








――――
無駄にユーリが爽やかな気が……気のせいか?
 

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