排球

□遅れてきたプレゼント2
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 期末試験も何とか終わり、今日からやっと部活再開だった。
 放課後の練習に備えて…じゃないけど、弁当だけじゃ物足りなくて、昼休み、おれは友達と食堂へ向かった。
 うどんがすげーあったかかった。身にしみるって、こういうのを言うのかも知れないなぁ。
 幸せに浸っていたおれだったけど、その帰り、ある光景を目撃した。
 食堂横にある、自販機のそばで話す二人の後ろ姿を見つけた。どっちもよく知っている。
 菅原さんと、影山。
 何話してんだろう。久しぶりの練習前に、おれもあいさつしたかった。
「悪い、先行ってて!」
 友達と別れて、おれは二人の方に近づこうとした。
 その時、菅原さんの話す言葉が耳に入った。
「影山の欲しいもの、聞いた時はビックリしたけど、見てたら納得だな」
 …何ですと?
 影山の欲しいものって言った?
 おれは反射的に近くの壁に忍者みたいに張りついて、身を隠していた。
 ヤバい、これ完全に立ち聞きじゃんか。
 悪いとわかりつつ、知りたい欲求の方が勝ってしまう。自分でもどうしてここまで気になるのかわからない。
 はた目から見ると相当怪しい奴だろうけど、気配まで隠す勢いだった。
「…俺自身、何でかなって今も思ってます。菅原さん以外の誰にも言ってないですし」
 えっ。
 影山の言葉に耳を疑った。
 こいつ、菅原さんにだけ話してんの? 今そういう雰囲気のこと言ったよね?
 何故かおれにとって、それは破壊力のある言葉だった。ガチョーンとかガビーンとかいう音がした気がする。
 その後も二人は少し話をしてたけど、もうおれの頭には入ってこなかった。
 あの二人は同じポジションだし、通じるものがあるのかも知れない。
菅原さんはおれから見ても話しやすくて、頼れる先輩だ。
 だから、影山も信頼して話してるんだろう。
 それは本人の自由だ。話したい相手に話せばいいよ。
 …でもそしたら、一人でひそかに気にしてたおれは一体何だったわけ?
 前におれが欲しいもの聞いた時は、あいつ何も言わなかったじゃん。
 もう何日かで影山の誕生日だってのに、その状態は変わってない。
 …弁当とうどん、食いすぎたのかな。胸の辺りがモヤモヤする。
 二人がいなくなった後も、おれはしばらく壁にくっついたままだった。


 放課後、練習が始まっても、胸のモヤモヤは治まらなかった。
 おかげでバレーまで、微妙に調子が悪い。
 目を閉じたままでも打てた影山のトス。けど今は、目を開けても思うように打てなくなってしまった。
 助走、踏み切り、手の当て方、どこを狙うかといった動作の一連の流れ。そこにほんのわずかだけど狂いが生じる。周りから見てわかる程ではないけど、自分の中に違和感があった。
 影山はいつも通りだ。おれの方が、あいつと息を合わせられない。合わせなきゃと思うほど、余計な力が入ってしまう。
 …ああ、参ったな。
 大好きなバレー、ありがたいトスなのに、モヤモヤがなくならない。これじゃ全然楽しくない。
 今の3年生がいるメンバーでやれる時間はあと少し。一瞬だって貴重なのに。
 練習後、おれは切なくなってトスを打つ手のひらを見つめた。
 こういう詩、現国で習った気がするぞ。貧乏で手を見るやつだっけ。
「日向」
 油断しまくっていた時に声をかけられて、おれは思わず肩を震わせた。
 声の主は影山だった。
「な…何?」
 昼休みのことがあってから、おれは部活で会っても、どことなく影山との会話を避けていた。
「お前、今日集中できてなかっただろ」
 気にしてた所をいきなり突かれた。
「え…そ、そう?」
 おれは返す言葉に詰まった。気づかれてないと思ってたのに。
 何でわかったんだよ、コイツ。
「見てりゃわかる。いつもより速さがねーし、手首のスナップもきいてねーからボールに威力が乗ってなかっただろ。お前、ただでさえ軽いんだからよ」
 自分でも薄々感じてたこと。それをより具体的に言われてしまった。影山の言い方にはオブラートってもんがない。正しすぎて、反論の余地もない。
 けど、だけど。
 その時のおれは、正しいからって、はいそうですねと納得できる気分じゃなかった。
「…んなこと、ねーし」
 まっすぐ影山の目を見て言うつもりが、いざとなるとビビって、視線を横にそらせて答えてしまった。
 これじゃ明らかに、嘘ついてますと言ってるようなもん。
 影山もそんなので納得するはずがなく、逆にますます怖い顔になる。
「テメー、自覚してんだろーが! そんなんで通ると思ってんのかよ!」
「おいおい、どうしたんだ?」
 騒ぎに気づいた菅原さんが、おれたちの間に入ってくれた。
 …何だろう、また胸がモヤッとする。
「日向、調子悪いのか? 試験明けだし、リズムが戻りきってないのかも知れないな」
 話を聞いた菅原さんは、いたわるように言った。
 ただきつく言うだけじゃない、気遣いみたいなものがあった。
 年の功ってやつか、性格なんだろうか。
 そういうの、影山にはなくて……おれ自身にも、ないと思う。
 ああ、だから信頼して色々話せるんだ。
「昼飯食いすぎて、お腹の具合が良くなかったかも知れない…です」
 おれはうつむいて答えた。
 違う。そうじゃない。
 心の中の自分はそう叫んでいたけど、聞こえないフリをした。
「今も悪いのか?」
 心配そうな顔をする菅原さんに、おれは慌てて首を横に振った。
「いえ、もう平気です!」
 その時、こっちを睨んだままの影山が言った。
「体調管理くらい、ちゃんとやっとけよこのボゲ。基本じゃねーか」
 それを聞いた瞬間、おれの中で、この場をかろうじてやり過ごそうと我慢してた糸が、ぷっつんと切れる音がした。
「お前が言うなよ! 誰のせいだと思ってんだよ!」
 気づけば、手に持っていた上着を、影山の顔面めがけてぶん投げていた。
「日向!」
「何すんだ、このボゲェ!」
 自分でももう止まらない。菅原さんの制止も振り切って、おれは影山の胸ぐらを掴んだ。
「お前が何も言ってくれないからだろ! おれが一人で気にして、バカみたいじゃん!」
 本当は自分でもわかっていた。
 不調なのはお腹のせいじゃない。
 悔しかったからだ。
 影山はおれに言わないことを菅原さんには言ってる。信頼の差であり、心の距離の差だ。
 もっとも、そんなのは個人の自由だし、強制するもんじゃない。
 でもおれにはそれがムカついて、悔しくてしょうがなかった。同時にその訳を認めたくなかった。
 だってそんだけ、おれは影山が好きだってことだからだ。誕生日に何かあげようと思ったのも、一緒に帰りたいと思ったのも、全部そういうこと。
「意味がわかんねーよ! ちゃんと言え、バカ!」
 影山は突然キレたおれに驚きながらも、売られた喧嘩は買うと言うように、上着をおもいっきりぶつけてきた。
「お前ら、やめろよ!」
 西谷さんと田中さんが、後ろから羽交い締めする形で、おれと影山を力いっぱい引き離す。
 勢い余って、西谷さんごと尻餅をついた所に、濡れタオルがぼとっと頭上に落ちた。
「…とりあえず、これで頭冷やしなよね」
 タオルで前が見えないけど、月島だと思う。
 冷たい綿の感覚にふれて、おれはようやく我に返った。
「…すいません…」


 最悪って言葉を説明するなら、今のおれがピッタリなんじゃないだろうか。
 あの後おれは皆に頭を下げ、片付けも早々に、逃げるように一人体育館を出た。
 頭にはタオルが乗ったままだったけど、それを取るのも忘れていた。
 影山の顔は、最後まで見れなかった。
 どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。
 タオルの隙間から、白い雪が降ってくるのが見えた。
 音もなく、夜空から次々と落ちてくる雪。
 月でもなく雨でもない。雪が、この時のおれには一番しっくりくる気がした。
 

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