排球

□遅れてきたプレゼント3
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 濡れタオルを被ったままでいたのが、まずかったのかも知れない。
 自転車をこぎながら、背中から寒気が這い上がってくる。長い坂道を登る頃には、頭もクラクラしていた。
 ぽつぽつ光る街灯と、静かに落ちてくる雪の他には何も目に入ってこない。
 襲いかかってくるだるさで、ペダルを踏むのもきつかった。
 とにかく家に帰らないと。その一心で足を動かし、ようやく家に着いた時、玄関を開けるなり倒れ込んでしまった。


 頭の上で音がする。小さいけどはっきり聞こえるそれは、携帯の着信音だった。
 身動ぎして、自分が布団の中にいることに気づいた。少しずつ目を開けると、いつもの天井が、太陽の白い光に照らし出されていた。
 …そうか。おれ、熱出してぶっ倒れたんだ。
 自分の首筋にふれてみると、もう熱さは感じなかった。寒気や頭痛も治まっていたけれど、体力を使い果たしたような疲労感があった。
 そうだ、携帯。
 おれは手を伸ばして、ベッド脇に置いてあった鞄のポケットから携帯を取り出した。
 メールだった。差出人は、菅原さん。
 名前を見た途端、昨日の出来事が早送り映像のようによみがえった。影山と菅原さんの立ち話、みっともなく騒いだおれ。
 後悔と動揺で跳ね起きたおれは、震える指で携帯を操作し、メールを開いた。
『日向、熱あるって聞いたけど大丈夫か?昨日のこと、気にしてるかも知れないけど、今はゆっくり休めよ。元気になれば、バレーもケンカも、何でもできる!』
「菅原さん…」
 元気づけようとしてくれる気持ちが文章から伝わってくる。
 やっぱスゴイな、菅原さんは。
 実際、自分より先輩だけど、学年差だけじゃなく中身も大人だと思う。
 携帯の時刻を見ると、朝練はとっくに終わって、一時間目も過ぎた頃だった。
 …学校、休んじゃったな。
 菅原さんの文面を眺めながら、改めて昨日のことを思い返した。
 あの時は、ただ怒った感情をぶつけただけだった。説明になってなかっただろうから、どうしておれが爆発したのか、影山に伝わってない。きっと呆れてる。
 おれだって、自分がこんな気持ちになるなんて思ってなかった。
 いきなりキレたことは謝んなきゃ。でも、その先、どこまで話せるだろう。
 モヤモヤ悩んでいたのも、ふすまが開く重たい音で中断された。
「兄ちゃん、起きた!」
 小さな手と共に顔を出したのは、妹の夏だった。嬉しそうに声を上げながら、側に駆けよってくる。
「夏! お兄ちゃんはお熱があるから寝かせてあげなきゃだめよー!」
 向こうからお母さんの声がしたけど、夏は全然聞いてない。
「兄ちゃんおねつは? おくすりのんだ?」
「ありがとな、夏。もうお熱は下がったから」
 夏の頭を撫でて、おれは言った。
「でも兄ちゃんの横にいたら、夏にもうつっちゃうかも知れないから。今日はお母さんと一緒にいな」
 夏のほっぺたが不満そうにふくらんだ。
「アタシはカゼひかないもん!」
 まるで根拠がないと思うけど、夏はそう信じているようだった。

 結局、夏はあの後もおれの部屋にいて、怒ったお母さんに連れ出されたりしたけど、懲りずにお母さんとおれの所を行ったり来たりしていた。
 おれもお昼前には体が軽くなって、お腹もへって元気が戻ってきていた。
 学校を休むって、すげー久しぶりだった。皆に会えないのとバレー出来ないのは残念だけど、平日のお昼のテレビとか新鮮だし、夏もおれが家にいるのをとても喜んでくれた。
 たまには、こういうのもありかも。
 時間はあっという間に過ぎて、少し遅いおやつの時間。
 部屋で夏と一緒にプリンを食べていると、玄関のチャイムが鳴る音がした。お母さんが出ていったと思うと、やがておれの部屋に近づいてくる、二つの足音。
「翔陽、お友達がお見舞いに来てくれたわよー」
 勢いよく開いたふすまの先には、お母さんと。
 ただでさえ怖い顔が硬くなっている、ようにおれには見えた。
「…影山、サン?」
 コンビニの白い袋を提げた、学ラン姿の影山が無言でおれを見下ろしていた。
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