排球
□遅れてきたプレゼント3
1ページ/4ページ
濡れタオルを被ったままでいたのが、まずかったのかも知れない。
自転車をこぎながら、背中から寒気が這い上がってくる。長い坂道を登る頃には、頭もクラクラしていた。
ぽつぽつ光る街灯と、静かに落ちてくる雪の他には何も目に入ってこない。
襲いかかってくるだるさで、ペダルを踏むのもきつかった。
とにかく家に帰らないと。その一心で足を動かし、ようやく家に着いた時、玄関を開けるなり倒れ込んでしまった。
頭の上で音がする。小さいけどはっきり聞こえるそれは、携帯の着信音だった。
身動ぎして、自分が布団の中にいることに気づいた。少しずつ目を開けると、いつもの天井が、太陽の白い光に照らし出されていた。
…そうか。おれ、熱出してぶっ倒れたんだ。
自分の首筋にふれてみると、もう熱さは感じなかった。寒気や頭痛も治まっていたけれど、体力を使い果たしたような疲労感があった。
そうだ、携帯。
おれは手を伸ばして、ベッド脇に置いてあった鞄のポケットから携帯を取り出した。
メールだった。差出人は、菅原さん。
名前を見た途端、昨日の出来事が早送り映像のようによみがえった。影山と菅原さんの立ち話、みっともなく騒いだおれ。
後悔と動揺で跳ね起きたおれは、震える指で携帯を操作し、メールを開いた。
『日向、熱あるって聞いたけど大丈夫か?昨日のこと、気にしてるかも知れないけど、今はゆっくり休めよ。元気になれば、バレーもケンカも、何でもできる!』
「菅原さん…」
元気づけようとしてくれる気持ちが文章から伝わってくる。
やっぱスゴイな、菅原さんは。
実際、自分より先輩だけど、学年差だけじゃなく中身も大人だと思う。
携帯の時刻を見ると、朝練はとっくに終わって、一時間目も過ぎた頃だった。
…学校、休んじゃったな。
菅原さんの文面を眺めながら、改めて昨日のことを思い返した。
あの時は、ただ怒った感情をぶつけただけだった。説明になってなかっただろうから、どうしておれが爆発したのか、影山に伝わってない。きっと呆れてる。
おれだって、自分がこんな気持ちになるなんて思ってなかった。
いきなりキレたことは謝んなきゃ。でも、その先、どこまで話せるだろう。
モヤモヤ悩んでいたのも、ふすまが開く重たい音で中断された。
「兄ちゃん、起きた!」
小さな手と共に顔を出したのは、妹の夏だった。嬉しそうに声を上げながら、側に駆けよってくる。
「夏! お兄ちゃんはお熱があるから寝かせてあげなきゃだめよー!」
向こうからお母さんの声がしたけど、夏は全然聞いてない。
「兄ちゃんおねつは? おくすりのんだ?」
「ありがとな、夏。もうお熱は下がったから」
夏の頭を撫でて、おれは言った。
「でも兄ちゃんの横にいたら、夏にもうつっちゃうかも知れないから。今日はお母さんと一緒にいな」
夏のほっぺたが不満そうにふくらんだ。
「アタシはカゼひかないもん!」
まるで根拠がないと思うけど、夏はそう信じているようだった。
結局、夏はあの後もおれの部屋にいて、怒ったお母さんに連れ出されたりしたけど、懲りずにお母さんとおれの所を行ったり来たりしていた。
おれもお昼前には体が軽くなって、お腹もへって元気が戻ってきていた。
学校を休むって、すげー久しぶりだった。皆に会えないのとバレー出来ないのは残念だけど、平日のお昼のテレビとか新鮮だし、夏もおれが家にいるのをとても喜んでくれた。
たまには、こういうのもありかも。
時間はあっという間に過ぎて、少し遅いおやつの時間。
部屋で夏と一緒にプリンを食べていると、玄関のチャイムが鳴る音がした。お母さんが出ていったと思うと、やがておれの部屋に近づいてくる、二つの足音。
「翔陽、お友達がお見舞いに来てくれたわよー」
勢いよく開いたふすまの先には、お母さんと。
ただでさえ怖い顔が硬くなっている、ようにおれには見えた。
「…影山、サン?」
コンビニの白い袋を提げた、学ラン姿の影山が無言でおれを見下ろしていた。