排球

□キャロル(中編)
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「夜は気をつけた方がいいって?」
 鵜養は驚いて、武田から聞いた台詞を繰り返した。
 一階にある二つの洋室。その一室を鵜養と武田が、もう一室を清水が使っている。
 ベッドの上で荷物を整理しながら、武田は神妙な面もちで頷いた。
「地元のバス会社の方だし、僕らよりこの辺に詳しいと思うんです。何だか気になって…」
 武田は夕食後、皆で庭に出て花火をするつもりでいたが、運転手の言葉がどうにも引っ掛かっていた。
 鵜養はベッドに寝転んだまま、手元の書類に目を通す。
「この別荘の規約では、花火はOKなんだけどな」
 外の暗さはカンテラやライトで補える。鵜養は借り主から事故があったとも聞いていないため、何が理由なのか腑に落ちなかった。
 しかし大事な生徒を預かっている以上、責任があるのも確かだ。武田が気にするのも理解できた。
「まぁ、うっかり森で迷子になったり、ケガする奴がいないとも言い切れないか…あいつら元気だしな」
 鵜養はぼやきながら武田を見た。彼は未開封の花火セットを前に、考え込むような表情で座っている。皆で楽しめるようにと話していた様子を思い出すと、力になりたかった。
「じゃあ、居間のでっかい窓を開けて、そこから目の届く範囲内でやるのはどうだ? 俺たちが外に立つのをラインとして、その奥へは行かせないようにする。物置にあるライトを集めて使えば、相当明るくなるはずだ。あいつらにもちゃんと言っておけば、無茶はしないだろ」
「鵜養君…」
 武田は、鵜養が自分が気にしているのを知って色々考えてくれることに、頭が下がる思いだった。別荘の件といい、助けられっぱなしだ。
「そうですね、皆に言ってみます。ありがとうございます」
 

 間もなく夕食になった。
 居間のテーブルの上にはカレーライスが湯気を立て、みずみずしいサラダもどっさり盛られている。
「き、潔子さんの手作り…!」
 田中の目には食卓が金色に輝いているように見えた。実際には皆で作ったのだが、清水が炒めや味つけをしたという事実が重要だった。
 田中は感動の涙を浮かべながらカレーをかき込み、合間にサラダをもりもり食べた。それは高級レストランの料理みたいに緑鮮やかで、洒落て見える。
「サラダがこんなに旨いなんて…やっぱり潔子さんは違うよな〜」
「あ、それ作ったの僕です」
 田中の左隣に座る月島が、さらりと真実を口にした。
「………」
 田中の箸が止まる。
 月島は淡々と、しかし追い討ちをかけるように続けた。
「作ったと言っても、適当に切って和えただけですけど。僕、カレーばっかりだとキツイんで。野菜もある方がバランスいいですし」
「さすがツッキー!」
「山口うるさい」
「お前は女子か!? それか草食か!?」
 野菜をきっちり飲み込んでから、田中はまずそう言った。
「男なら肉だろ肉! 力つかねーぞ。ったく…」
 田中が軽く嘆いていると、横からTシャツの裾をくいくい引っ張られるのを感じた。
「ん? 何だ、月島」
 田中が訊ねると、どうしてか月島は怪訝な顔をした。
「は?」
「今、俺の服引っ張ったろ?」
「…いいえ。知りませんよ」
「オイオイ、先輩をからかうなよ」
 田中の言葉に、月島は真顔になる。
「真面目に僕じゃないです。話があるなら口で言いますし。それに…」
 月島の言う通りだった。今まで喋っていたのだから、わざわざ服を引っ張る必要はないはずだ。
「右手ずっと使ってますから。田中さんの服、掴めないんですけど」
 田中は違和感に気づいた。
 月島は自分の左隣で、ずっとカレーを食べている。右手はスプーンを握ったままなのを、この目で見ていたのだ。
 じゃあ、一体誰が?
 田中は周りを見回したが、後ろは壁だった。そして右側には元々、誰もいない。
「おっかしーなー…」
「気のせいじゃないですか?」
 月島はそう言いながら、ふと、この別荘に来て以来、同じようなことを何度か口にしていると思った。
 最初は日向。次は山口。そして田中。
 二度までは偶然かも知れない。だが三度続くと、さすがに奇妙だった。


 夕食後、いよいよ皆が楽しみにしていた花火の時間が訪れた。
 居間の大きな窓を開け、備品のカンテラを幾つか近くの木に吊るすと、充分な明るさがあった。
 鵜養と武田が見守る中、皆で色んな種類の花火を楽しんだ。
「やっぱ、最後はこれだよな〜」
 日向は線香花火の輝きに、しみじみ呟いた。
「そういうもんか?」
 傍に並ぶ影山がぶっきらぼうに言うと、
「そーゆーもん!」
 屈託のない笑顔で答える日向。そこには皆で楽しい時を過ごせる喜びと、花火が間もなく終わってしまう淋しさが同居しているようだった。 影山は何となく、そんな日向の表情から目が離せなくなり、いつしか花火よりも日向を見ていた。
 だが日向は花火に夢中で、影山の視線など気づきもしない。
(…ちぇ)
 影山が拗ねたように、辺りに目をやった時だった。
 庭の奥。森の入口でもある大木の下に、少女が立っているのが見えた。

 
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