Semi Sweet・3

□名前を呼んで
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どうしたら、どうしたら、もっと雲雀に近づくことができるのだろう。



名前を呼んで
(よりぬきお題より)



春になって、三年生に進級して。

同じクラスにはふりよう(違った不良だ、でもイマドキそれもないなとは思うけど)の頂点に立っていると言う、男の子、雲雀恭弥がいた。

彼だけが黒の学ラン姿で。

それはとても人目を引いた。

他人と同じが必ずしもいいとは限らないけど。

私はあんな風にはなれない。

彼からは一歩引いた安全な場所、そこで毎日を平和に送れればそれでいい。

そんな私達の事を彼は群れた草食動物と蔑む。



(雲雀になんて思われようが、関係ない)



何度となく言い聞かせてみたが・・・

それは嘘だ。

彼みたいになれないからこそ憧れる。

私は恐れと尊敬の入り混じった感情の中、いつの間にか彼の事を気にかけている自分に気づく。

私の目は常に雲雀を追いかけ、心の中では彼のことばかり考えている。

そして雲雀は教室でも孤独な君主なのかと、勝手に想像していたが、そうでもなく。

静かに授業を受け、掃除当番や日直の仕事もきちんと器用にこなしていた。

事務的な会話だってクラスメートとする。

案外普通なんだな・・・

それでも、たまに裏庭等でトンファーを振り回し、人を傷つけていることもある。

そういう時は、黙って通り過ぎるだけ。

だって彼は不良だから。

私とは違う世界に生きる人なんだから。

「ねぇ、何見てんの?」

びくりとした。

自分の考えに没頭しながら、彼の事ずっと目で追っていた。

やばいな、なんてごまかそう。

でも彼の目は私の方など、見てなくて「ごめんね雲雀君」と可愛らしい声のするほうに向けられている。

(ああ、そうか)

彼女は転校生。

それも、雲雀の隣の席。

雲雀の事について何も知らない彼女はごく普通に雲雀に話しかけ、彼もそれを拒否することなく受け止めている。

彼女は、素直に「なんで雲雀君だけ学ランなのかと思って」と笑っている。

彼の纏うオーラが彼女にだけ見えていないのか。

無神経過ぎる。私は汗ばんだ手をぎゅっと握り締める。



「なんだ、そんなことで見てたのか」



雲雀の表情が優しい。

羨ましい。

妬ましい。

でもそんなの今だけ。

雲雀は群れる人が嫌い、今にきっとそれを思い知るよ。

様々な醜い負の感情が渦を巻き、息苦しさを感じる。

自分には真似出来ない素直さ。

私だって、私だって、転校生という、学校社会の中じゃちょっと特殊な役を与えられていたら。

そんな風に簡単に近づくことが出来るのに。

私はまたぼんやりと楽しげに会話を続ける、二人を見ていた。

そのうち、雲雀が、一瞬だけ、私に気づいた。はっきりと目があったのに。

(無視された・・・)

その瞳は私を移すことなく、また目の前の彼女に戻った。

胸が痛い。

冷たい針のようなもので刺されたような感覚。

私は、なるべく無表情に、机の上のカバンを掴むと、普通にゆっくりと入り口近くにいる友達に声をかけて、教室をでた。

傷ついてる、そんなことを雲雀に悟られたくなど絶対ないから。

春なのに、寒い。芯から冷えているようで、少しだけ手が震えた。

自分の足が、まるで自分の物じゃないような気がしてくる。

脳がただこのまま真っ直ぐ帰宅しろと指令を送るからそれに従っているだけ。

何も考えず歩き続け、気づいたときにはもう校門を潜りぬけていた。

私は後ろを振り返る、私達の教室は窓が開いていてカーテンが揺れていた。

(あれは?)

その隙間から、雲雀らしき黒い影が見えた。

「ばかだ」

そんな筈ない。

こんな遠くから見えるわけないじゃない。

でも、ドキリとした。

ありえないことだが、雲雀が私を見ていた気がするなんて。

本当、どうかしてる。

私はそのままもう振り返る事なく、家路へ急いだ。

***

毎日がこんな事の繰り返し。

春から憂鬱だ。

雲雀は私のことなんかなんとも思っていないのに。

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