名もなき獣
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与えられた正義≠ナ君は、誰に殺意≠向けるのだろうか。
* * *
「さて、アンタは善≠ニ悪≠フ基準を知っているか?」
役立たずの鉄屑を右手に構える彼を問う。
「いや、正確に問うなら『誰が善と悪を決めるのか?』」
「…世の中の基準だけじゃないのは、確か、だろうね」
「…面白い答えだ。だが、それだけでは減点対象だ」
漆黒の髪に深紅の瞳を持つ、獣は口角を上げる。
「善と悪の相対的な議論なんて然程重要じゃない。何物も善にも悪にもなり得ると言うこと。例えば、殺意≠キら時として善≠ニなり、殺人犯≠ナすら英雄≠ニなる。それは、愚かな歴史が証明している」
獣はそう宣った。
「君は、ケダモノを狩る獣に向いているようだ」
彼の言葉に、獣はただ笑うだけだった。
* * *
仕事だ。そう言って彼女はA4サイズの茶封筒を無造作に投げた。彼女の名前は不知火。それが本名なのかは解らない。知りたいとも思わない。
「前金は既に振り込んである。猶予は3日。手に余るなら、結城を連れて行け」
「見くびられたもんだな」
「獣は獣らしく、大人しく媚びを売ることを奨める。牙を剥こうものなら、その首輪が貴様の息の根を止めるぞ」
不要とされれば殺処分。保健所で殺処分待ちの犬猫と大して変わらない立場、そんなことは解っている。
「飼い犬すら手懐けられない主人なら、そのうち獣の餌になるだろうがな」
不知火は短い息を吐き、踵を返す。
「…褒美が欲しいのなら、それなりの成果をあげろ、シンドル」
人は思考し、自らの意思で行動することで人を成す。
思考を辞めたその瞬間から、人は獣に成り下がる。何が善で何が悪かなど、獣には必要のない価値観。与えられた正義≠ヘ手に余り、それは他者にとっては悪となる。
善悪の相対的議論など然程重要ではない。それは、善と悪の基準は人に因って変わるのだから。