名もなき獣
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金に困れば小綺麗なオヤジに媚びを売り、寝食に困れば娼婦に媚びを売る。
廃棄区域には色々な理由を抱えた人間が交錯していて、生きて行くことに苦を感じることはなかった。
俺を気に入っていたあのオヤジが殺されたと聞いたのは、金に困り始めた頃だった。
「残念だったな。お前、アレに気に入られてただろ」
確かにあのオヤジが死んだのは残念ではある。正規区域ではそれなりの役職に就いていたらしく、ちょっとした奉仕に対する対価は破格だった。
「……次を探すさ」
廃棄区域では日常茶飯事。善も悪もない、ある種の無法地帯。
灰色の煙が揺らぐ。自棄に甘い匂いの充満した部屋。
「相変わらず、ドライだな」
「………、ちゃんと勃つけど?」
「そっちの話じゃねーよ」
廃棄区域に足を踏み込むと同時に覚悟しなければならないのは、いつか誰かに殺されること。生き延びることは、そんなに難しくはない。
「解ってるって。流石にまだ死にたくはないしな」
昨日の友は今日の敵、とはよく言ったものだ。この男もまた、いつか親しげな誰かに殺されてしまうのだろう。
「明日は我が身だ。気を付けねーとな」
「…だな。」
透明なアルコールを流し込み、ひとつ息を吐いた。
* * *
明日は我が身だ。そう言っていたあの男が死体で見つかった。死んでからだいぶ時間がたっていたようで、腐敗していたらしい。
次々といなくなる、廃棄区域の獣。周りは獣狩りだ≠ニ怯え、震えていた。
獣にとっての悪≠ニは、自分に害を成すもの。ならば、何に怯えているのだろう。
「残金は500円、か」
正規区域のお偉いオヤジが死んでどれだけ経ったのか、とうとう真面目に金に困ってしまった。寝食に困ることはないが、些か苦しいものがある。
「心配いらないわ。獣一匹くらいなら飼ってあげられるわ」
掌に載る一枚の硬貨を見て、女は囁く。
ああ、彼女は俺に何を期待しているのか。