TRIGUN
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「全く、大人しく聞いてりゃ道具だの駒だの随分好き勝手なこと言ってくれるじゃねえか」
笑いを含んだ声で言った「彼」の手には漆黒の銃。
その銃口が向けられている先には、何が起こったのか分からずに固まっている男達がいた。
「貴様あぁぁぁ!!」
漸く事態を理解した彼等が銃を構える。
老いているとは言え、日常的に銃撃戦の展開される暮らしの中で培われた技術は衰えていない。
だが、元となった人物の技を見事なまでに受け継いでいる「彼」の前では、その技術も全く意味をなさなかった。
「遅せえよ」
一発の弾丸も当てるこが出来ないまま次々と床に倒れる男達から出るおびただしい量の血が床を覆う。
辛うじて息はあったが、急所からほんの僅かしか離れていない場所を撃ち抜かれているため痛みと出血で立ち上がることができない。
「あ…あぁ……」
一分と経たたない内5人の上役全員が撃たれたという状況が整理しきれていないのか、ずっと「彼」の隣にいた白衣の男はただその光景に目を見開き立ち尽くしていた。
「なあ……」
横から掛けられた声にのろのろと振り向くと、そこにいたのは不満そうな表情を浮かべている銀髪の青年。
初めて人を撃ったにも関わらず、他人の命を奪うというその行為を至極当然と考えているかのように「彼」の手は銃を弄んでいる。
「今全員殺すつもりで撃ったんだけどさ、何か急所狙うと手元狂うみたいなんだよね。どうなってんの?」
●○●○●
教えてはいけない。
教えれば「彼」はそこを修正し確実に自分へ銃口を向けてくる。
だが……
本当に深層心理に刻まれたオリジナルの意思をクローン自身が消すことができるのか?できたとしたならば、それはある意味オリジナルを越えたことになり得るのでは?
見たい
この目で、自分が造り上げた作品とも言うべき生き物が唯の複製品でなくなる瞬間を
例えそれが、自らの命を犠牲にすることになろうとも
『人』として本能からくる予感と死への恐怖を遥かに凌駕した『科学者』としての好奇心が男の心を奪う。
「き……君のオリジナルとなったのは、ヒューマノイドタイフーンの異名を持ち「悪魔(ディアブロ)」と呼ばれる600億$$の賞金首ヴァッシュ・ザ・スタンピードだ
……彼の恐るべき射撃の速度と正確さは神業と言っても過言じゃない………」
男の舌は本人が驚くほど滑らかに言葉を紡いでいく。眼鏡がずり落ちるのも構わず、血に染まり赤くなった白衣の袖で汗を拭い彼は喋り続けた。
「ただ……DNA情報を得るため常に彼を監視している内に、彼の心に「不殺」という信念……
いや、それ以上に強い何かがあることに気が付いたんだ
どんなに危害を加えられようと決して相手を殺さない
………その心が彼のDNAを持つ君にも伝わったのだと考えれば……」
男の言葉に「彼」は少し考えるような素振りを見せる。
「つまり俺の細胞に人を殺すなって絶対的な命令が刷り込まれてるってことか?」
「いや、君は実際にあの方達を殺したいという意思を持って撃った
君の中にはオリジナルの残留思念のようなものが残っていて、それが君の無意識に働きかけているに過ぎない
だから、君自身が自覚してしまえばいくらでも思い通りになる筈なんだ」
「へぇ……一回自覚して直そうとしちまえばどうにでもなるっつう事か………」
その瞬間、幾多の失敗を糧に造り上げた最高傑作がオリジナルの枷から抜け出したと男に気付かせたのは、額に押し当てられた冷たく硬い金属だった。
銃口を向けられ自分が死ぬ事を自覚しつつも、男の全てを支配したのは言葉にすることができないほどの歓喜。
引き金に指を掛けた「彼」の口がゆっくり開く。
「教えてくれてありがとよ、あんたには感謝してるぜ。じゃあ…………」
さ よ な ら
無音のまま唇の動きだけで伝えられた4文字の別れの言葉。
それが、死の間際に男が見た最後の光景だった。
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