MH

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「………ん…」
沈んでいたテオの意識がゆっくりと覚醒する。
それと平行して少しずつ戻りはじめた感覚が、現状を把握しようと働き始めた。


樹海の中では樹木や茂みに遮られ殆ど吹かない筈の風が頬に心地好い。

まだ上手く回らない頭が「拠点に帰って来たのでは?」と告げるが、拠点のベッドにしては固すぎる。




初めての……いや、一度だけテオはこの感覚を味わったことがあった。

普通ならば辿り着くなど到底不可能な場所。
幾人か訪れた者はいるものの誰一人としてそこへ至る道筋を覚えていない、それ故に「隠しステージ」と呼ばれている幻のエリア。



薄く目を開けると、日の光が視界を一瞬白く染めそのすぐ後に目の眩むような青が広がる。

手を伸ばせば掴むことが出来そうな程近くに感じるその空は、初めて訪れた時と全く変わっていなかった。


(………だが)


漸く正常に働き始めたテオの頭が小さな疑問を生じさせる。

(何故、俺がここにいる?)


「よお、目ぇ醒めたか?」


突如として誰もいないと思っていた空間に響いたのは、テオが樹海で出会った人ならざる者の声。
「ッ!!!?」
その声に慌てて起き上がると、テオから数メートルも離れていない場所に声の主が腰を下ろしていた。





反射的に背中に腕を伸ばすが、彼の一部とも言える武器はそこに収まっておらず彼の両手は虚しく宙を掻く。

「!??」
「あんたの武器なら預からせてもらってるぜ」
そう言って男が指差したのは、テオから遠く離れた地面
  ……果たして巨木の上を地面と呼んで良いものかは謎だが……
  に置かれた彼の愛刀。

 その場所は、丁度男を挟んでテオと対極に位置していた。


「くっ……貴様」

「俺にはグロースって名前があんだから貴様なんて呼ぶなよ、連れねえな」
そう言って立ち上がったグロースが軽く地面を蹴った瞬間、テオの視界から黒衣に包まれたその体が消える。


それと同時に、テオの体が凄まじい力で地面に押し倒された。






◆□◆□◆





「か……はっ」
あまりの衝撃に肺の空気が全て抜け酸欠に陥ったテオを軽い目眩が襲う。

霞んだ視界が元に戻ると同時に自らの体に馬乗りになっている男を睨み付けたテオは、その顔に僅かな違和感を覚えた。


(眼の…色が……)

気を失う前、エリア6で出会った時は赤かった筈のその瞳が、今は鈍い金色に輝いている。


「なあ、何考えてんの?」

組み敷いたハンターが目を合わせた途端に大人しくなったのを不思議に思ったのか、グロースは端正なその顔をテオに近付けた。



「っ!?……離せ!」

日常や狩り場において常に冷静になるよう心掛けていたテオだったが、目の前の男は巧みに彼の神経を逆撫でし、抑えている感情を引きずり出そうとしてくる。


必要以上に感情を表に出せば人は平常心を失う。



命の駆け引きを行われる狩りにおいて平常心を失うことは、死ぬことと等しかった。


「何考えてたか言えよ。そしたら離してやっから」
「…………本当だな?」
「嘘は言わねえさ」
「……お前の眼の色がここに来る前と違っていた、それに驚いただけだ」


 渋々と口を開いたテオが離せと言わんばかりに自らの上に覆い被さっている体を押すと、思いの外素直にグロースは体を退かす。



 武器を拾いに行こうと、打ち付けられた背中の痛みに眉を潜めつつ立ち上がりグロースに背を向けた瞬間、テオの体は背後から回された腕に引かれ再び地面との距離を縮めた。






「なっ!?」
「二度も捕まるなんて油断しすぎだな」
 油断をしていたわけではない。

 寧ろこの場所から逃げる為、通常時に比べれば格段に神経を研ぎ澄ませていた筈だった。


「…………離せと言った筈だ」
 内心の動揺を押し隠しテオは努めて冷静に声を出す。


「離してやるとは言ったがもう一度捕まえないとは言ってないだろ?」


 テオを両足の間に挟んだままくつくつと笑い、グロースは再び捕えたハンターの肩に鼻先を擦り付けた。



「……??」
「あんたがここに入ってきたときから気になってたんだけど……あんたさ、何か良い匂いすんだよね」




―喰いたいなぁ……




暗にそう言っているように聞こえたテオの背中がゾワリと粟立つ。


「!?離せっ!」
「そんな冷たいこと言うなよ」






「おいおいグロース、抜け駆けなんて狡いじゃねえか」





 グロースを剥がそうと躍起になっていたテオが背後から聞こえた声に振り返ると

 そこに立っていたのは現在進行形でテオに貼り付いている鬱陶しい事この上無いものに瓜二つの男だった。
 

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