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□太古の森と漆黒の獣
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日光と人の手を寄せ付けず太古の姿を今に留める樹海。
苔と下草の生い茂るその大地を一人のハンターが駆けている。
ギルドにその力と技を認められた者だけが纏うことを許される防具「ギルドガード蒼シリーズ」に身を包み「双聖剣ギルドナイト」を背負った彼の名はテオ。
つい先日、仲間と共に村の脅威となっていた「崩竜」ことウカムルバスの討伐を成功させた彼は、一人、樹海でのクエストを受注していた。
狩猟対象は双子のナルガクルガ。
「迅竜」と称される彼らは、その名の示す通り素早い動きで相手を撹乱し思いもよらぬ方向から攻撃を仕掛けてくる為、G級の壁としてハンター達の間で恐れられている存在である。
一頭でもハンターにとって十分な脅威となり得るそれが双子ともなれば、危険度は更に高くなる。
敢えてテオがそのクエストを選んだのは今の己の実力を知る為だった。
◆□◆□◆
「はぁ、はぁ…」
スタミナが切れて動けなくなる前に足を止め呼吸を落ち着ける。
顔を上に向けると、彼の鼻がペイントの僅かな臭気を捉えた。
先程エリア5で見付けた二頭に投げたペイントボールの強い匂いは、離れた場所にいるテオに彼等の居場所をしっかりと教えている。
(二頭ともまだエリア5から動いていない……いや、一頭移動したか。どちらにせよ、早いとこ拠点に戻らなくては)
様子見のため、持ってきた罠や爆弾類は全て拠点のアイテムボックスに入れてある。
ペイントボールで位置を知り、別れたところで一頭ずつ確実に倒す。
それが、数々の知識と経験からハンター達が導き出したナルガクルガの狩猟方法だった。
「グルルルルル…」
エリア6を急いで通過しようと走り出したテオの耳が聞き覚えのある鳴き声を拾う。
慌てて周りを見回すと、拠点へ通じる道の上に掛かっている苔むした大樹の根の上から黒い影がこちらを見ていた気がした………
「気がした」というのは、その瞬間珍しく吹いた樹海の風によって巻き上げられた葉に視界を遮られ、正体を確認する間もなくその影が姿を消してしまったためだ。
ほんの一瞬だったが、その影から大型モンスター特有の気配を感じたテオの頬を冷や汗が伝う。
(まさか…な)
ハンターとしての自らの勘を疑いはしない。
だが、先程から鼻が捉えている匂いは、確かに二頭が自分のいるエリア6から離れたエリアにいることを示していた。
(奴等ではない……まさか、ナルガクルガ以外にも大型モンスターがいるのか!?)
しっかり事前調査をしているからと言って、ギルドからの依頼書に間違いが無いとは必ずしも言い切れない。
もしギルドからの依頼書に誤った内容が記載されていた場合、ハンターはクエストを中断しギルドに報告する義務があった。
だがその為にも、拠点に一度帰る必要がある。
周囲を窺いながら駆け出そうとした彼の横で、茂みがガサガサと音をたてながら大きく揺れ始めた。
いつでも背中の双剣を抜けるよう柄に手を掛けると、テオはゆっくりと揺れる茂みから遠ざかる。
数歩遠ざかったところで、低木の茂るその中から漆黒の影が現れた。
「くっ…!!」
十分な距離をとり双聖剣ギルドナイトを抜き放つ。
だが、刀を構え感覚を研ぎ澄ませたテオの耳が捉えたのは狂暴な獣の唸り声ではなく、人の発する言葉だった。
「おいおい、そんなもん向けないでくれよ。危ねえじゃねえか」
(人間……?)