TRIGUN
□「さよなら」と「お帰り」
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とても気持ちが良い。瞼を透かして届くのは、砂漠にいる時とは違う暖かい光。
体に当たる芝の感触が心地好さをより深いものにしてくれている。
「……い…おい」
誰なんだ?こんなに良い気分で寝てる僕を起こそうとしてるのは。
「おいこら起きや――…」
何だろう、凄く懐かしい。あれ?この声、もしかして………
「起きろ言うとるんが聞こえんのかい!!」
「うわぁ!?」
耳元で炸裂した大声に驚いて思わず飛び起きてしまった。それと同時に、思い出しかけていたことも一気に吹き飛ぶ。
全く、一体誰なんだよ!!
「一体何なの……さ…」
一言文句を言ってやろうと目線を上げると、そこにいたのは……
●○●○●
「あ、だ……誰」
「ほほぅ、ワイのこと忘れよったか…こんの、鳥頭がぁぁ!!!!」
「う、ぎゃああぁぁぁぁあ!違う違う。覚えてるよ、ちゃんと覚えてるから関節は止めてぇぇえ!!」
漆黒の髪、深い紺色の目、浅黒い肌、全部覚えてる。
忘れるものか。
「ほうかほうか。ほな、ワイの名前ちゃんと言ってみ?」
「ウルフウッド!ニコラス・D・ウルフウッド!!あだだだ…」
「何や、しっかり覚えとるやん」
その声と同時に、腕の関節をしめていた手がパッと外れた。
痛む腕を擦りながらウルフウッドを睨め付けてやる。
「だから覚えてるって言ったろ!おー痛 て…」
「一緒に旅して身も心も繋がった相手に、会って早々「誰?」なん言われたら関節の一つや二つかけとうなるわ
………ホンマに忘れてもたんかと思ったで」
「君のことを忘れる訳ないだろ。ただちょっと……ね」
自分の目が信じられなかっただけだ。
だって、彼はあの時僕の隣で死んだ。
冷たくなったその体を地面に埋めた時の感触は、今もこの手に残っている。
「まぁ、確かにここは現実の世界やのおてオドレの夢ん中や。ワイが無理言って入らしてもろた」
「だよねぇ……んっ?君、今何て言った?入った?僕の夢に?」
「おう。神さんに頼んでな、一回だけ夢ん中で会いに行って良え言われたわ。頼み込むんに時間かかって、ごっつ遅なってもうたけどな」
嘘みたい、でも嘘じゃないってわかる。
神経を集中させてみると、僕の記憶や欲望が造り出した夢の中で唯一僕の意識の外にいる彼が凄く浮いていて。
それが逆に僕が夢の中で作ったんじゃない本物のウルフウッドが目の前にいることを教えてくれていた。
短気なウルフウッドのことだ、きっと神様だろうが何だろうがお構い無しに脅して無理矢理来たに違いない。
「ウルフウッドォ…」
「相変わらず泣き虫やな」
嬉しくて涙が溢れる。
一度零れるともう止まらなくてどんどん出てきた。
仕方無いなぁって顔したウルフウッドが手を差し出してくる。
でも僕の頭に触れる直前、頭を撫でようとしたのであろうその手が引き戻されてしまった。
「アカン。ワイ、もうオドレに触れへん」
「えっ、何で…」
●○●○●
どうしてウルフウッドが僕に触れないのか全然理解できない。
だって、さっき僕に関節技かけたじゃないか。
「さっき、神さんに頼んでここ来た言うたやろ?そん時に幾つか条件付けられてもうてな。そん中に「相手に触れてエエんは一度だけ」っちゅうんがあんねん」
ウルフウッドが現れてから、彼に与えられたのは頭を撫でられる気持ち好さでも抱き締められる暖かさでも無く、腕にきめられた関節技の痛みだけ。
「何か、君のことがバカに思えてくるよ……」
「酷い言われようやな………別に、オドレに触るために来たんとちゃう。言い忘れとったことがあったさかい、それ言いに来たんや」
言い忘れてたこと?何だろう。
孤児院の子供達とメラニィおばさんは、リヴィオがしっかりと守ってるし、墓には彼が好きだったタバコと酒だって供えてある
………言い残すようなことなんてあったっけ?
「全然心当たりあらへんて顔しとるな」
苦笑したウルフウッドが僕の隣に寝転がる。
こんなに近くにいるのに手を握ることすら出来ないなんて。
あ、また涙出そう……
「で、何なのさ」
立てた膝の間に顔を埋める。
また泣き虫ってからかわれるの嫌だし。
「オドレにな、さよならて言いとうて」
●○●○●
『ねえ、知ってた?「さよなら」って言うのはね、また会うための約束なんだよ』
『ふーん……ほなワイが死ぬ時、オドレに言ったるわ。あの世でまた会えるようにてな』
お互いの気持ちを知った日、酒場で飲みながら彼と話したこと。
「君、覚えてたの?」
驚いた。
思わず附せていた顔を上げてウルフウッドを見たら、何や?っていうような目で見られた。
東ディセムバの教会で彼が死ぬ直前、言って欲しいと僅かに願ったその言葉。
やはり酒が入った場での勢いだったかと諦めていたのに。
「当たり前やろ。本当は死ぬ直前言いたかったんやけど、言お思たら口動かへんで視界真っ暗になりおってな。気ぃ付いたらオイデマセあの世やて」
「ふふっ、君らしいや。それでわざわざ来てくれたんだ、嬉しいなぁ。もう暫くそっちには行けそうにないからさ、気長に待っててよ」
ウルフウッドが約束を覚えていてくれて、態々言いに来てくれた。
それだけで、さっきまで悲しくて仕方なかった心が喜びでいっぱいになる。
「ああ、その事なんやけどな。ワイ、オドレんこと待つん止めにするわ」
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