TRIGUN
□「さよなら」と「お帰り」
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「?…どういうことだい?」
首を傾げたら、地面に転がってたウルフウッドが「よっ」て立ち上がった。
つられて僕も立ち上がる。
「オドレのもう少しはどんだけ先になるか分からん。せやからワイが行くことにした」
えっ、僕が逝けないから代わりにウルフウッドがこっちに来るってこと?
それってつまり
「君、生まれ変わる気?」
「おう。誠心誠意頼み込めば、神さんかて聞いてくれるやろ。あの黒髪の姉ちゃんもおることやし」
「黒髪の姉ちゃん?………もしかしてレムのこと!?ねえ、レムに会ったの!!?あっ」
触れられないってことを忘れてウルフウッドの肩を掴もうとしたら、僕の手がウルフウッドの体をすり抜けた。
そのまま勢い余って体ごと通過してしまう。
「うわっ!!」
「おいっ、大丈夫か!?」
案の定頭から地面に落ちた僕の後ろから、慌てたようなウルフウッドの声が聞こえる。
「ちと落ち着けトンガリ。オドレん言う通り、レム・セイブレムっちゅう名前の姉ちゃんや」
「やっぱりレムなんだ。ねえウルフウッド、レムは元気だった?」
「メッチャピンピンしとったで。向こうから話しかけてきてな「ヴァッシュのことをありがとう」て言われたわ。ワイらんこと、ずっと見とったらしいで」
ずっとってことは、ウルフウッドとのあんなことやこんなことまで見てたんだろうか…………恥ずかしい!!
「顔、赤なっとる」
「何でもないよ……あれ?」
一瞬、ほんの一瞬だったけど、起き上がろうと顔を下に向けた瞬間、視界に入ったウルフウッドの足が故障したスクリーンみたいにブレた。
「あー…もう時間みたいやな」
「時間?」
「オドレの体が目ぇ覚まそうとしてんねん。もうそろそろ朝やし、『鶏起こし』は伊達やあらへんな」
夢の中で会えるのが一回だけってことは、今起きちゃったらもう会えないってことだ。
タイムリミットが近いらしくブレがウルフウッドの全身に広がっていく。
今だけ、早起きが習慣になっている自分の体が憎くなった。
「……………」
「なぁ、ヴァッシュ」
悔しくて悲しくて、ウルフウッドの顔を見たらまた泣いてしまいそうだから俯いて唇を噛む。
そしたら、ウルフウッドが凄く優しい声で話しかけてきた。
「ワイ、何年かかっても絶対にオドレんとこ戻って来る。そしたら泣き言も説教も仰山聞いたるさかい。せやから、今は笑ってくれへんか?」
ウルフウッドはあの時と同じように、僕に笑えと言ってくる。
僕は、やっぱりあの時と同じように黙るしかなくて。
気が付くと、ウルフウッドの体が足の先からどんどん消え始めた。
「ヴァッシュ、笑えや」
こんな状況で笑うなんて出来る筈がないけど、もうあの時のように後悔したくない。
だから、今まで被っていた仮面の笑顔ではなく本物の笑顔でウルフウッドを送ってやる。
「さようならウルフウッド、また逢える日まで」
「さよならやヴァッシュ。また逢う日まで、オドレに神の御加護があらんことを」
さっきまで一面に芝の生える草原だった景色が白く染まっていく。
段々と遠ざかるウルフウッドの声を聞きながら、静かに目を閉じた。
●○●○●
「……………」
全ての生き物を灼熱地獄へと誘う太陽の光が部屋の中に降り注ぐ。
珍しく覚醒しきらない頭を振りながら、僕は日課となっている散歩に出た。
「んーー………っはぁ」
外の空気を目一杯吸って深呼吸をする。
散歩と言っても、教会の周りをグルリと一周歩くだけの軽いものだ。
「ヴァッシュー!!」
教会の前に生えているリンゴの木に差し掛かった辺りで知った声に呼び止められた。
振り返ると、小さな体を一生懸命に動かしてカリートが駆け寄ってくる。
「どうしたんだカリート?こんな早い時間に起きてるなんて珍しいじゃないか」
「へへへ…何か目が覚めちゃったからさ、リンゴでも採ってこようかなって」
「おっ、偉いな。よし、僕も手伝うよ」
カリートと二人で食べ頃となったリンゴを収穫し、教会へ向かう。
ふと上を見ると、空は先程まで見ていた夢と同じように、どこまでも深く青く広がっていた。
『ワイ、何年かかっても絶対にオドレんとこに戻って来る…』
ウルフウッド、君は絶対に戻って来るって僕に言ったよね。
だから僕は、この体が許す限り生き続けるよ。
君が帰ってくる日まで、僕が君の帰る場所になれるように。
「ずっと待ってるから」
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