◆薄桜鬼短編◆

□千鶴観察記6
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今日も日課のように俺は雪村君が何か不便な事はないか、雪村君を観察する。


俺が雪村君の監視を始めて数刻。

彼女は休む事なく働き続けている。


当番ではないのに昼食の支度・片付けを手伝い、隊士の洗濯を一挙に引き受け、屯所内を掃除し終えた彼女は現在、いつもの様に副長室へとお茶を運んでいる最中だ。

外掃除の途中、沖田さんがふざけて彼女を羽交い締めにして、嫌がる彼女を池の上にぶら下げていた時以外は、彼女は終始笑顔だった。





『土方さん、雪村です。お茶をお持ちしました』

『入れ』


『失礼します』

そう言って彼女は副長室に入って行ったため、俺の視界から消えてしまった。


(…副長からの命令で俺は常日頃彼女を監視しているが、果たしてその副長と彼女が接している時も監視するべきなのか?)


大いに疑問ではあるがこれも任務と割りきり、彼女の姿が見えるであろう副長室の窓がある側へと、俺は移動するのだった。









「……お前、何故ここにいる!!?」

「貴様はたしか…、土方の犬か」


副長室の窓側に移動した俺は、思わず自分の目を疑った。

何故ならそこには薩摩藩に属し、鬼の頭領とかで雪村君を嫁にするとかふざけた事を抜かしながら、何度かこの新選組屯所を襲撃している風間千景が、コソコソと木陰に隠れながら副長室を覗いていたからだ。


「俺の質問に答えろ!」

奴の存在に一気に臨戦態勢に変わる俺をよそに、風間は何故か侮蔑の籠った視線を向けてくる。

「…やれやれ、弱い犬程よく吠える。
貴様も監察方だと言うのなら、少しは静かにしたらどうだ?」

「何っ!!?」


「今日の俺は戦う気等ない。安心する事だな。
俺は単に我が妻が幕府の犬共に粗末な扱いを受けていないか、観察に来ただけだ」

「雪村君の観察だと!!?」


「その様に言っている。…貴様がここ最近、昼夜に掛けてほぼ毎日やっている事と同じだ」

「な―――っ!!!?」


奴の発言に俺は驚愕のあまり目を見開く。


「俺は心が広いからな。下衆の分際で我が妻を舐め回すように見詰めていた事は、実際はなぶり殺してやりたいとこだが、今は不問にしておいてやろう。
だから命が惜しくは、静かにしていることだな」


勝ち誇った様に鼻を鳴らす奴に、俺は息を飲む。






「………と言う事は、お前もずっと彼女を見続けていたのか?」



「……さて、今日も日課のように、我が妻はあの土方に茶を淹れているのか…」



(―――…こいつ!!!)


俺の至極真っ当な発言をまるで無かったかの様に振る舞う風間に対し、腹を立てるのは当然だが、

悔しいが奴の言う通り俺も彼女を監視し続けていた身から、何となく負い目みたいなのを感じ、とりあえず風間の行動を監視する形でしばらく様子を見る事にした。



少し距離をおいて奴の様子を伺う。

奴が言っていたように、どうやら本当に彼女を観察しているだけのようだ。

しかも何やら歯痒そうに中の様子に目を走らせている。






『今日も美味いな、お前の淹れる茶は…』

『本当ですか!?』

『あぁ。お前の淹れる茶を飲むと、疲れがとれる気がするぜ』

『―――っ、ありがとうございます!』


『おいおい、礼を言うのは俺の方だぜ?』

『いいえ。私、自分の淹れたお茶が少しでも土方さんのお役に立ててると思うだけで、とても嬉しいんです。
だからやっぱり、ありがとうございます』


ふわりと微笑む彼女は本当に嬉しそうで、そんな彼女に副長は一瞬虚を突かれた様に目を見開いたが、直ぐに目尻を下げて優しい笑みを浮かべた。


『ったく、お前にゃ敵わねーなぁ…』

『えっ?』


『…いや、何でもねえ』


目元を朱に染めて雪村君から視線を外した副長を、俺は驚愕の表情で見詰める。

果たしてあの様な優しい表情の副長を、俺はかつて見た事があっただろうか?

(………いや、ない…)





――――ボキっ!!!


「おのれ、土方…。
人間の分際で、我が妻に惚れているな!!?」


「分不相応めが…」

隣を見ると、正に鬼の形相の風間がブツブツ何かを言っている。

どうやら目の前の枝を折ったらしく、その枝を更に細かく折っている最中だった。



「…そもそも雪村君は、あんたの妻等ではない」

「はっ!知れた事を。
あれは産まれたその瞬間から、既に俺のものだと決まっている」


どこから来るのかわからないその自信満々の様子に、俺は目を細める。


「しかし彼女は、あんたの事を嫌がっているじゃないか」

「…貴様は本当に犬のようだな。
あれは貴様等がいるから、照れ隠しであの様な態度をとっているに決まっているではないか。そんな事もわからぬとは、流石は犬の集まりだ…」




はっきりと侮蔑の視線を向けてくる風間に、俺は確かな殺意を抱いた。
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