◆薄桜鬼短編◆

□千鶴観察記7
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俺が副長からの命で雪村君を監視し続けてから早数日、彼女の周りは常に幹部の方々が彼女を取り巻いているのがわかった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





本日俺は監察方の任務のため、島田君と共に京の街へと出ていた。


任務の結果、疑わしい箇所は何処にも無くどうやら誤報だったようだ。



時刻は既に昼過ぎになっており、屯所に戻っても昼食は無いであろう。

元より無駄足で終わったが、丸一日任務の予定で交代で昼食を摂る手筈だったため、屯所に自分達の昼食は用意されて無かっただろうから当然だ。


そのため島田君と二人、帰りの途中で適当に済ませて屯所に戻る事にした。



無難に蕎麦を食べて後、フと気付くと島田君が何かに目を奪われている。



「どうかしましたか?」

「いや、そこの甘味処に新作の羊羮が出たみたいで…。買って来てもいいですか?」


「はぁ…、どうぞ」

「かたじけない。直ぐ戻りますので」



嬉しそうに瞳を輝かせながら甘味処に走って行く島田君を見て、

(あぁ、たしか島田君は大の甘党だったな――…)

そう言えば、よく甘味を食している所を目撃している。



甘党の彼にとって、新作の羊羮は大層魅力的なのだろう。


島田君が土産に羊羮を買ってから、俺達は屯所へと帰るのだった。








二人で副長に報告した後、自室に戻って少し休もうと思っている俺をよそに、

島田君は先程買った羊羮を食べるべく、お茶を淹れに行った。




(…俺も少し、お茶でも飲むか)

フとそう思い、踵を返して勝手場に入ろうとした俺の耳に彼女の声が聞こえた。



『――あ、島田さん。こんにちは』

『あぁ、雪村君。こんにちは』


『あれ?でも島田さんってたしか、任務中じゃ――…』

『やぁ…、それが参った事に、どうやら偽の情報だったみたいで、先程山崎君と帰って来たんですよ』

『そうだったんですか!それは…、ご苦労様でした』

『しかし京の治安的には平和で済んで、良かったとは思ってるんです』

『たしかにそうですね。新選組の皆さんも、怪我をしないで済んだ訳ですし。平和が一番です』


『全くです。ところで雪村君、帰りの途中で新作の羊羮を買って来たんですが、一緒に食べませんか?』

『新作の羊羮、ですか!?…で、でも私なんかが食べてもいいんですか?』

『実は元から雪村君と食べようと思って、初めから雪村君の分も買って来てたんですよ』

『私と…?』


『はい。この前一緒に饅頭を食べた時にも思ったんですが、やはり同じ甘味好き同士で食べる方がより美味しく感じましてね。
雪村君が良かったら是非――…』

『た、食べたいです!私も島田さんと甘味食べるの、凄く楽しかったですし』

『あぁ、良かった。では縁側で食べましょうか』

『はいっ。あ、では私お茶を淹れますね』

『助かります。雪村君のお茶があると、また格別に美味しく感じますしね』

『ふふっ。ではすぐ用意しますね』







「…………………」


終始 物陰から二人のやり取りに聞き耳を立てていた俺は、今しがた知った事実に自分の耳を疑った。



(――し、島田君が雪村君と二人で、甘味を食べていただと!!?)



まさか幹部の方々のみならず、同じ監察方の島田君までもが雪村君と一緒に過ごしていた等、少しも考えた事すら無かった。


俺が脳天を鈍器で殴られた様な衝撃を受けている間に、既にお茶を淹れ終えた雪村君は島田君と共に羊羮を食べるべく、縁側へ向かって歩き出したため、俺は慌てて二人の後を追った。










『わぁ!凄く美味しそうですね、この羊羮!!!』

『いやぁ…、これを見た瞬間、自分の胸の高まりと言ったら…、凄かったですよ!』

『わかります!私も今、凄いドキドキしてますもん!』



いつになく興奮している二人に、俺は驚きを隠せない。

普段は律儀で真面目な島田君と雪村君は、甘味が関わるとこれ程までに興奮するのか…。



『――で、ではいただきます!』

『あっ、待って下さい雪村君!』


半ば呆れている俺をよそに、羊羮に手を伸ばした雪村君の手を島田君が何故か止めた。



『実は自分には、昔から密かな夢がありましてね』


『密かな夢、ですか?』

『はい。子供の頃から、羊羮を切らずにそのまま食べたいと、常々思っていまして!
丁度いいので、雪村君もご一緒にどうですか?』

『わぁあ!実は私も前から、一度はやってみたいと思ってたんです!!!
…でも羊羮って贅沢品って感じで、それにお行儀の悪い食べ方になっちゃいますし――…』

『どうです?お互い今日は世間体等考えずに、長年の夢を叶えてみませんか?』


『…じゃ、じゃあお言葉に甘えて――…。いただきます!』

『いただきます!』



そう言って二人はパンっと力強く手を合わせると、

島田君が用意した羊羮にそれぞれ手を伸ばした。











「あれ、山崎君んな所で、何してんの?」

「また千鶴ちゃんの監視か?」

「ったく、お前まだんな事してんのかよ…」

「山崎君、土方さんの命令とか抜きにして、もう趣味で千鶴ちゃんを覗いてるだけじゃない?」

「総司、副長の命を全うする山崎を、貶める様な発言をするな」


隊士達に剣術指導をし終えた藤堂さん・永倉さん・原田さん・沖田さん・斎藤さんが、ぞろぞろと道場から出て俺に声を掛けて来たため、俺はげんなりした表情で振り向く。


「…どうしたの山崎君?なんか、すっげー疲れた顔してっけど…」


「…いや、あちらを見て頂ければ、わかってもらえる筈です…」

「あっちって…。
あれ、千鶴ちゃんと島田君じゃな――………」






『……………………』




俺の指し示す方を見て言葉を失う幹部の方々。




そこには羊羮を丸々一本、手掴みでかじり付く島田君と雪村君の姿が。



雪村君が羊羮をそのまま食べている姿は、りすがどんぐりを食べている様で非常に可愛らしくはあるのですが、

いくら甘党の二人だからと言って、羊羮をそのまま食べる等、正直物凄い光景には変わりありません。


それ程甘味の得意でない斎藤さんは、正に開いた口が塞がらないと言った感じです。




「おいおい…。なんか、すっげーな、ありゃ…」








「実はあれ、二本目なんですよ…」






『…………………』


俺の発言に、更に驚愕の表情で二人を見詰める皆さん。








その後、いつもの様に夕食をぺろりと食べた雪村君を、再び驚愕の表情で見詰める俺達が広間にいた。









〜観察記・完〜

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