現パロ部屋

□それもまたうつろいゆく日々の一遍
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久しぶりに顔を出してみれば、そこにはやはりあまり代わり映えのしない顔が並んでいた。

でも久しぶりに、ホントに久しぶりに、俺は自然と肩から力が抜けていくのを感じたのだ。




「らっしゃい」


軽く軋む引き戸を開けて中へと入る。すると、それとほぼ同時に微かにこちらへと向けられる鋭い視線。



「おやっさん、ご無沙汰してます」


微かに会釈を返しながら片手を上げれば、鋭い眼光が幾らが和らいで。グララッと、独特の笑いがその口から零れた。





「ドーマ!久しぶりねー」

「おっ、ドーマじゃねぇか!!」

「本当に久しぶりだなぁ、おい。今日は相棒は一緒じゃねぇのか?」



どっかで野たれ死んでんじゃねぇかって心配してたんだぜ、と。微塵もそんな心配などしていなかったと言わんばかりに、からからと笑う。

手にしたグラスをこちらに掲げるように持ち、ぐびりと一呷り。至極楽しげに揺らめく瞳に長いリーゼントが呼応するかのように揺れる。

その横では肉中心に盛られた料理を両手に、にしっと歯を見せて笑うエース。またその横では、どこか気だるげに垂れた瞳が怪しい光を宿してこちらを見ていて。うふふっと漏れた吐息と吊り上げられた唇が、なんとも悩ましげだ。


「あぁ、久しぶりだな」


軽く一言。久しく会っていないといっても、ただそれだけで空白の時間も埋まってしまうような。




何か飲むか?との親父の問いに、とりあえずビールをと返せばすぐさまジンロックが出てきた。


「どおせ、すぐこれを飲むんだろうが」

「ちぇっ、親父にはかなわねぇなぁ」


思わず苦く笑いながら、がしがしと頭を掻く。グララララッと豪快に笑う親父に自然と表情は緩んでいくのだ。






「最近はご無沙汰だったじゃない。仕事が忙しいのかしら?」


進められるままにベイの横に座る。

確か、彼女ともこの居酒屋で知り合ったと思うのだが、何故かだいぶ前からの付き合いのようにも思えるのだから不思議だ。



「ドーマの仕事ってなんだったっけ?ペット屋?」

「違ぇだろ。トリマーだろ、トリマー」

「そろいもそろって、このあほんだら共が」


「なんだ違うってのかよ、親父ー」

「いっつも一緒の猿は関係なかったか?」

「くくっ、自分たちで考えやがれ」



くつくつと喉の奥で小さく笑いを上げる親父に対して、リーゼントとそばかすが噛み付く。ねだるように答えを求めるも、親父はそんな二人を軽くあしらうのみだ。



(というか、なんで俺に聞かねぇんだ)


当の本人はこっちだぞと、思わずそう声をかけたくもなるのだけれど。横に座るベイとぱちりと目が合えば、弧を描く唇が更に深いものへとなる。


(あぁ、まぁ、そうだな)



結局は、この店の客は親父が大好きなのだということに行き着いてしまうわけで。軽く肩を竦めると、それとほぼ同時に二人の顔がこちらへと向いた。





「で、結局なんなんだ!?」

「もったいぶってねぇで教えろこら!」


「別にもったいぶったりしてねぇよ」


お前らが親父にご執心だっただけだろうがとは、さすがに言わないでおく。





「レントゲン技師だよ」




リーゼント野郎とそばかす野郎のきょとんとした顔。

ふふっととても楽しそうな笑い声が空気を震わせて、親父は適当に見繕ってくれた肴を俺の前に置いた。





「・・・・そんなんだったか?」

「あぁ、言ってなかったか?」

「で、なんで親父が知ってんだよ?」

「この前偶然、勤め先で会ったからな」


俺のその一言に、今度は勢いよく二人の顔がカウンターへと向き直る。苦々しく口端を歪める親父に俺は噴出しそうになったけれど、目の前の肴に集中することで意識をそらした。


(あー、こりゃ言うんじゃなかったな)


ベイの奴も、グラスに手を添えたままの体勢で固まっていた。




「親父!?どっか悪いのか!!?」

「なんだよ!レントゲンとかいつとったんだよ!?」

「親父さん、どこかお体の調子が?」



次から次へと言葉が飛び出して、エースなんかは身を乗り出さんばかりだ。そんな三人の様子に、声をかけられた当人は更に苦く顔を歪める。一拍の後、深い息が吐き出されてひらひらと片手が宙を動く。



「たいしたこたぁねぇよ。あー、なんだったか・・・あぁ、人間どっくってやつだ」





「「人間ドックゥ!!?」」



エースとサッチの声がこれまた見事にはもり、ベイは軽く驚きの声をあげる。



「・・・・おい、ドーマ」

「くくっ、悪ぃ悪ぃ親父」


言外に隠された抗議と、再び鋭さを増した眼光を受け止めながら。それでも込み上げて来る笑いには負けそうになる。

あぁ、この空間は本当に居心地がいいなぁと、頭の隅でそんなことを思う。




「ったく・・・心配ねぇよ。俺ぁ良いって言ってんのによ、馬鹿息子共がな」


「え?」

「どういうことだよ、親父」


「マルコの奴がなぁ、あぁ、後はイゾウか」


「あの二人がどうかしたのか?」

「くどくどと説きやがって、そんなに年寄り扱いしてぇのかってんだ」


苦々しげに歪められたままの口許。出てくるのは煙たがるような言葉だけれど、でも、目元はやんわりと緩んでいる。纏う雰囲気もどこか柔らかく、心の底からの言葉ではないことは容易に分かるというもの。



「マルコとイゾウに一度で良いから人間ドック行けって言われて、しぶしぶうちの病院にきたってわけだ」


そこで偶然俺が担当になってなと続ければ、三人は納得した顔をした。



「心配してるんだって二人から真剣に言われて、さすがの親父も折れたんだとよ」


「ドーマ・・・」

「おっと!」


本日三度目の眼光から視線を逸らしながら、反射的に片手で口を覆う。

もう何も出してやらねぇぞと。まるで最終宣告のように告げられた低い声に「悪ぃ悪ぃ」と、先ほどと同じ言葉を返した。





「あぁ、でも何も異常がなかったのなら良かったわぁ!」


両手でグラスを持ちながら、目元を蕩けさせるベイ。それに続いて「そうだそうだめでてぇやっ」と残る二人も歓声をあげる。親父は一度笑いを発して、自分愛用の酒を豪快に一呷り。

その様に自然と今以上に笑いが溢れて、まるで今まで耐えてきたものが弾けるように、俺もまた声を立てて笑ってしまった。







ろろんと、ベイの眼差しの色が一層濃くなったような気がした。ふっくらとした唇がゆっくりと開かれて、くすくすと小刻みに揺れる肩。



「ねぇ、ドーマ」

「あん?」


「マルコと言えば、ね」



面白い話があるの、と。




「なんだよ?勿体つけやがるなぁ」

「うふふっ、あいつね、実はすっごく優しいらしわよぉ」


「・・・・はぁ?」



その言葉に、瞬時に脳裏に浮かんだ姿に「優しい」の文字は到底当てはまりそうにないのだが。


言葉少なく、常に冷静な男。それが俺のあいつに対するイメージ。

時折この居酒屋で顔を合わせるくらいで、そこまで深い仲でもない。酔いつぶれた奴を介抱する姿を見たこともあったし、大口開けて笑ってる姿を見たこともある。顔を合わせれば話もするし、飲み明かしたこともある。

でも、切れ長の瞳のその奥は常に冷静さを欠くことはない。それは全く変わることのない印象だ。


ベイの言葉になんと返して良いかわからず、瞬きを一つ二つ。


ぶふっと、吹き出したサッチに意識が引き戻される。




「そうそう!この前偶然マックで会ったんだけどよ!」

「あぁ、あれか!あれは確かにウケたよなー!」

「あの時のマルコってたらな・・・ぶふっ!」

「くっ、サッチ笑ったらいけねぇてっ・・・あははっ!!」

「そういうエースだってよ!」

「だってあいつ態度違いすぎっ・・・!」


くつくつと腹を抱えながら交わされていく言葉に、思わず止まってしまう箸。意味が分からずに少し小首を傾げるようにすれば、ついと袖を引かれた。

再び、視線をそちらへと向ける。





「年下の彼女に、マルコがベタ惚れ」




私の後輩なの、と。

どこか嬉しそうに細められた目は、まるで猫のようだった。

















日々は変化していくものなのだと、まざまざと実感した日


(事実は小説よりも奇なりってあったなぁ・・・)

(あら、意外に博識じゃなーい)


(なんだそれ?キナリ?いなり寿司の仲間か!?)

(エース・・・)




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