昨今の積雪など
□猫と帽子、時々鯨
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一週間前、気まぐれで訪れたTSURUYAで見つけたクマのパーカーを着た子。
あの子を見た瞬間、僕の身体を衝撃が走った。
まるで君をかぶるために生まれてきたようだと思ったよ。
昨日は残念ながら逃げられてしまったけど、君にふさわしい人なんてあの子の他には存在しないだろうね。
しかし、あの身のこなし…
今までみたいに簡単にはいかないようだ。
だから仕方なく蟻達に協力を求めて、昨日の内に捕獲に向かわせたんだ。
なのに、その蟻達とまったく連絡が取れないらしい。
しかも、あの女からのあの電話。
*****
「手を引く?」
『はい。彼女を敵に回しても不利益しか生まれません。あなたも早々に手を引いた方がよろしいかと…』
「何故?ただの少女だろう。あのチクタクが…」
『兎に角、我々はこの件に関しては一切手を貸しません。それでは…』
*****
全く取り合わないチクタクに不気味さを感じた。
いつもなら僕も手を引いて別の子を探すところだけど、あの子は特別。諦めるわけにはいかない。
昨日あの子は持っていた袋を道に落としていった。
中に入っていたDVDはあの映画だろうからTSURUYAに返しておいたけど、それを知らないあの子は探しに来るかもしれない。
あの子の家は調べてもわからなかったから、此処に来ることを祈って待つしかできないんだ。
でも心配しなくて良いよ。きっとあの子は此処に来る。あの子は君をかぶる運命だからね。
昨日の道であの子を待つこと早二時間。
ついに、あの子が現れた!
キョロキョロと地面を見渡しながら歩くあの子の姿に緊張が高まる。
直接戦っても勝てないだろうから、車で轢いて動けなくなったところを連れていく予定だ。
実行に移そうと切っていたエンジンを動かすためキーに手を掛けた。
しかしその時、道の真ん中に立っているあの子を追うように大男が現れた。
柄シャツの上にカーキ色のジャケットを着て、黒い帽子を被っている。左目を覆う黒い眼帯が印象的だ。
昨日のことを警戒してボディーガード代わりに連れてきたのか…
舌打ちをしながらあの男の素性を調べるため写真を撮った。
「ッ、ひぃ!」
画面が男を捉えた瞬間、男の鋭い隻眼が真っ直ぐ僕を射抜いた。
あの男に近付いてはいけない。本能的にそう感じ、急いでキーを回してその場から逃げだした。
逃げ帰ってすぐ、チクタクにあの大男が誰なのか訊ねたが、あの男とはもう関わるなの一点張り。
仕方なく情報屋へ行き、男の写真を渡す。
「あんた何しようとしてるのか知らないけど、この男に関わんないほうがいいわよ」
「金はこの通りちゃんと払う。いいからこの男の情報を…」
「…この男は『鯨』自殺専門の殺し屋よ。業界じゃあトップレベルさ」
そんな男があの子の近くに居るんじゃチクタクの協力を得られない僕ではどうにもできない。
あの子は諦めるしかないか…
溜息を吐きながらあの子の写真を取り出すと、情報屋が驚いたように写真を覗きこむ。
「これって…」
「この子を知っているのか?」
「……情報料、三十万」
「わかった。それで?」
「彼女は青猫。掃除屋『野良猫』のエースよ」