今日は晴天なり

□忍な彼と恐怖症の彼女
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やわらかな陽気にぐっと背伸びをし、仕事で疲れた体を解す。


「式ー!何処にいるのー?」

「はーい、今行くー!」


母の声に急いで裏庭から表に出ると、店には多くのお客さんが並んでいた。

うちの甘味屋が繁盛するのは良いけど、最近あまりお店に出たくないなぁ…


「式、ボーっとしてないで手伝いなさい!」

「ご、ごめんなさい;」


忙しなく働く母に怒られながらお客さんを空いている席に案内し、注文を取りながらさり気なく店内を見渡す。

良かった。今日はいないみたい。

ホッと息を吐いて注文の品を取りに振りかえると、目の前に居たお客さんにぶつかってしまった。


「あッ、すいません!」

「…否」


慌てて頭を下げて謝ると頭上から降ってきたお客さんの声に身体が固まる。

こ、この声は……まさか…

恐る恐る顔を上げ、お客さんの顔を見ると残念ながらというか予想通り顔に傷のある目付きの悪い人物が目の前に居た。


「ッッ!!」


喉まで出かかった悲鳴を押し殺し、後ずさる私を鋭い目で見るお客さんに思わず顔が引き攣る。


「……注文を」

「は、はいッ」


超挙動不審な私に気付いていないのか、あえて何も言わないのかわからないが空いた席に腰を下ろしたお客さんから注文を聞き、脱兎のごとく厨房に駆けこんだ。


「はぁ〜、心臓破裂するかと思った…」

「どうした?もしかして例のお客さんが来たのか?」


冷や汗を拭いながら息を整える私に、団子を焼いていた父がニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。


「笑い事じゃないって!」

「ハッハッハ、すまんすまん。しかしそんなに怖がっちゃお客さんに失礼だろ」

「そ、そうだけど……というか誰のせいでこうなったと思ってるの!?」

「わしか?」

「そう!…とりあえず早く作って」


笑いながら出来立ての団子が乗った皿を差し出してくる父を一睨みし、深呼吸をして店内に戻る。


「お、お待たせしました」

「………」


お茶と団子をお客さんの横に置くとすぐに一本手に取り、食べ始めた。団子を口にした瞬間、ほんの一瞬だが目尻が下がる。それを見て、この人はかなりの甘味好きなんだなぁと思いながら離れ、べつのお客さんの注文を受けに向かった。

あのお客さんがうちの店に来るようになったのは一か月ほど前から。
そのころ、うちから少し離れたところにある甘味屋さんが店主の急病で暫く休みになったらしく、そこに通っていたお客さんがうちの店に流れるようになり、忙しい日々を送っていた。
家の手伝いは嫌いじゃないし、たくさんお客さんが来てくれることも純粋に喜んでいた中、突然あの人はやってきた。

あの日、いつもより慌ただしく動きまわっていたら突然背筋に悪寒が走り、振りかえると目の前にあの人が立っていた。
驚きのあまり持っていたお盆を落としてしまい、謝りながら慌ててこぼれたお茶を拭いていると、誰かの手が落ちた湯呑みに伸び拾ってくれ、顔を上げるとあの人の鳶色の瞳と視線が合った。
湯呑みを拾い終え、何度も礼を言いながら厨房に戻り、高鳴る心臓を必死に鎮めたことは今でもよく憶えている。

状況的にはこれが恋の始まりだった…みたいな場面だが、そんな甘い気持ちは全くない。
あの時お茶をこぼしたのも、心臓が高鳴ったのも、全ては恐怖のせいだ。
といっても、私はあの人のことは名前すら知らないし、会ったのもあの時が初めてだ。何故あの人を怖がるのか…それは私があるものに対し、異常なほどの恐怖を抱えているせいだ。

兎に角、あの人にはなるべく近づきたくないので、そのことを父に話した。
私の真剣な話を聞いて、爆笑した父の顔面に座布団を叩きつけてやった。
笑っただけでも許せないのに「この機会に慣れるといい」なんてぬかしやがったものだから庭の井戸に投げ込んでやろうとして、母に止められた。


そんなこんなで、この一か月、必死に恐怖を押し殺しなんとか耐え抜いた。
そしてついに明日、休業中の甘味屋さんが営業を再開する。これであの人はうちには来なくなり、私は恐怖から解放される。
もう嬉しさのあまり涙が出そうだ。

夕暮れの中、じーんと感動しながらお店の片づけをする。

明日は定休日だし、何処かに出かけようかな〜

そんなことを考えながらがらがらとお店の戸を閉め、裏口に周る。


「ッッ!」


裏口の戸を開こうとした瞬間、背筋に走った悪寒に慌てて振り向けばあの人が少し離れた場所にある木に寄りかかり、此方を見ていた。

な、なんで!?

私が固まっていると、ゆっくり此方に歩み寄り、私の目の前で止まった。


「式…だったな」

「は、はい。あの…もう閉店しましたが…」

「否…お前に話がある」


裏口に居る時点で可能性は薄かったが、もしかしたら店に用事があるのではと思い、そう訊ねたが、その希望はあっさりと打ち砕かれた…というか、死刑宣告された気分なんだけど;
私に話って何!?


「は、話ってなんですか?」

「…そう怯えるな」


やはり顔に出ていたのかそう言われた。
気のせいか少し哀しげな顔をしてるようにみえて罪悪感に苛まれる。
……でもやっぱり怖い。


「お前が俺を恐れていることには気づいていた」

「えッ」

「…他の客とは明らかに態度が違っていた故」


うわーッ、バレてたーー!
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