昨今の積雪など

□猫と鯨、はじめまして
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私は掃除屋だ。
それも、普通の清掃会社ではなく、主に裏方面の掃除をしている。
…まあ、ぶっちゃけると隠蔽工作だ。

そんなわけで世知辛いこのご時世、今日も商売大繁盛で、草木も眠る時間を大幅に過ぎるまでアホ上司から仕事を回され、死体とか死体とか死体とかを片づけていたのだ。


もうマジで眠い。
こんな時間まで仕事するんですか殺し屋さん。真面目ですね。
できれば今度から真昼間に殺してくれると大いに助かります。
そしてこんな時間に呼び出すんじゃねぇよアホ上司が。
布団入る寸前に電話掛けてくるって嫌がらせかこのやろう。
次最悪のタイミングで電話してきたらお前に殺し屋差し向けんぞ…


なんて物騒なことを考えつつ、仕事の相棒であるモップなどの掃除道具を乗せたカブトムシちゃん(ビートル・車)を自宅まで走らせる。


ああ、マジで眠い。明日は上司脅して無理矢理休み取ったし、ゆっくり寝よう。三時くらいまで寝てやる。

家への角を曲がり愛しい我が家が見えてきた。
…のだが、なんか家の前に落ちてる。しかもデカイ。
始めは誰かが不法投棄しやがった(もしくは嫌がらせ)のかと思ったが、よく見ると手っぽいものが……



「……眠すぎによる幻覚か?」



ぎりぎりまで車で近付く。
ライトに照らされたそれは見間違いではなく、やはり人間のようだ。
黒いズボンとジャケット、そして青っぽい頭の傍に黒い中折れ帽が落ちている。

おいおいおいおい、仕事でもないのになんで人間が転がってんだよ。仕事以外に死体処理なんてごめんだ。一銭の得にもならないじゃないか。
いや、待て自分。まだ死んでいると決まった訳じゃない。
血は見当たらないから轢き逃げや刺殺体ではなさそうだ。
苦しみもがいた様子もないから心臓発作などの急病でもないだろう。
うん、多分生きてるな。
ということは、私がやるべきことは……


1、救急車を呼ぶ。
2、警察を呼ぶ。
3、轢いて止めを刺す。


いやいや、なんで止め刺すんだよ。
私殺し屋じゃないし、そもそもこの男(多分)が誰なのかすら知らないしね。
ここは一番無難で人道的な選択をしようじゃないか!
ってことで、


4、無視。


を選択します。

だって私業界の人間だよ?
警察とか論外だし、救急車も色々聞かれたらめんどいのでパス。
こんな所で倒れてるこいつが悪いんだ。

自分で出した結論に納得して車を駐車場に入れようとした。
が、

超邪魔なんスけど……

よく見ると男が倒れているのは駐車場の真ん前。
いくらカブトムシちゃんが小型車だからと言ってどう頑張っても男を轢かずに駐車は不可能だ。

あれか?嫌がらせなのか?あんた実はアホ上司に雇われた『嫌がらせ屋』とかで、死んだふりしてるだけで起きてんじゃないだろうなぁ……

頭に浮かんだニヤニヤ顔のアホ上司を振り払い、次に会ったら一発殴ることを決めて仕方なく、仕方なく!車を降りる。

倒れている男の前で立ち止り、危険がないか観察する。

こうして見るとかなりデカイなこの人。
2mくらいあるんじゃないか?



「おにいさーん。こんなところで寝てると風邪引くよ〜」



……返事が無い。ただの屍のようだ…みたいな?
一切敵意とか殺気は感じないし…無害(?)な酔っ払いか何かか?

ゆっくり手の届く位置まで近付いてしゃがみ、身体を揺する。



「おにいさーん。邪魔だから起きてくれない?このままだと車で轢くよ〜」



……返事が(略)。
う〜ん、どうしたもんか……
よし、駐車場傍まで引き摺って放置しよう。
そうと決まれば早速やろうか。
まずうつ伏せの男を仰向けにしてっと…

ゴロリと転がった男の顔を覗きこむ。
万が一知り合うだったら大変だし…まあ、私の知り合いにこんな大男いないけどさ。
青の短髪と左目を覆い隠す黒の眼帯。眉と目の間隔が狭く、眉間には皺が寄っている。彫の深い顔は整ってる方だと思う。てか日本人かこの人。
うん、絶対知り合いじゃない。



「ッ、おっもい!!」


男の脇に腕を通してズルズルと引き摺る。
ほんと無駄にデカイなこの人。もっとコンパクトになりやがれ!
悪態を吐きながら何とか男を移動させ、自分の頭に乗せていた男の帽子を被せてやる。

帽子道端に放置しないでちゃんと持ってくるなんて私はなんて優しいんだ!
平成の聖母マリアと言っても過言ではないだろう。

さあ、予想外のタイムロスをしてしまったが、早く車を止めて寝よう。

エンジンを掛けっ放しのカブトムシちゃんに向かって足を一歩踏み出した。が、



「ッおわ!?………はあ!?」



後ろから引っ張られたせいでつんのめり、慌てて振り向くと、私がツナギの上に着ている猫耳パーカーの尻尾部分を男が握っていた。

おいおいおにいさん!そんなに強く握ったら尻尾(チェシャ猫モデル)が千切れるじゃないか!!
てかあんた起きてんのか!?

尻尾を引っ張りつつ、壁に背を預けている男の顔を覗きこむが、眠っている。

寝ぼけて人の服掴むってあんたはガキか!
ああ、どうしよう。
パーカー脱いで男と共に放置するか?
いや、それはあとあと面倒なことになる。
手を剥がそうとしてみるが離れる気配全くなし!あんた力強すぎ!!
いっそ尻尾千切るか?
いやいや、なんでこんな名も知らない大男のために、私の服を犠牲にしないといけないんだ。

今更救急車呼ぶわけにもいかないし…



「ハァ〜」



大きく溜息を吐くと、再び男の脇に腕を通し、玄関まで引き摺った。

駐車場玄関の隣で良かった。これもっと離れてたら重くて運ぶの諦めてたな…
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