昨今の積雪など
□猫と鯨、さよならよろしく
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ただでさえ少なかった冷蔵庫の中の食材を全て食べて漸く満腹になったのか、食後のお茶を飲んでいる私の目の前に座る大男。
名前は『鯨』だそうだ。
何処かで聞いたことあるなぁ、なんて思いながら鯨さんを無遠慮にじろじろと観察していた。…さっきまでは……
そう、思い出したのだ。この男が『何』なのかを。
自殺屋『鯨』
『押し屋』と同じくらい有名で、業界の人間ならば一度は絶対聞いたことのある名前だ。
な の に !
なんで忘れるかな私!
聞いた瞬間思い出そうよ!!
いや、まあ一度も仕事受けたこと無いから顔とか知らなかったんだけどね。
だって『自殺屋』だよ?
自殺専門の殺し屋に死体処理は不要でしょ。
もうマジでどうしよう。
ちょっと前までこの男と一緒にのんびり朝食を取っていた自分をぶん殴りたい。
否、夜に戻ってこの男を家に入れた自分にドロップキックを喰らわせたい。
てか自殺させるって何よ?
押し屋はわかるよ。
後ろから押して車とか電車とかにドーンッ!ってことでしょ。
まあ、要するに影薄…ゲフンゲフンッ、気配を消すのが上手いってわけだ。
ああ、そういや槿さん最近会ってないなぁ。
今度久々にお茶でもするか…
って思考ずれてる!
あれか、催眠術とかか?
じゃあ今目の前に居るのやばいんでないかい?
「青猫…だったか」
「えっ、そ、そうだけど」
ごちゃごちゃ考えていると、お世辞にも良いとは言い難い目付きで私を見る鯨さんに内心ガタブルだが、それを表に出さないようにする。
絶対声震えてるけどね、顔引き攣ってるけどね!
ゴクリと生唾を飲み、鯨さんの言葉を待つ。
「何故俺は此処に居るんだ?」
「………」
それかよ!?
てっきり物騒なこと言うのかと思えば…てか凄い今更だな!
「家の前で倒れてたから運び入れたんだけど…」
「………ああ…」
鯨さんは少し視線を泳がせ、それだけ呟くと、急須に手を伸ばし湯呑みにお茶を注いだ。
いや、「ああ…」じゃねぇよ!
自己完結するな!
暢気にずず〜とお茶啜る姿は少しムカつく。
よし、ここは勇気を持って聞いてみようじゃないか。
「で、なんで倒れてたの?」
「二日ほど何も食べていなかった」
「…へえ〜」
いやいやいや、一流の殺し屋がなんで飢えてんだよ。
一回の仕事で何千万も貰ってるでしょ?
まあいい。
この人がどうお金を使っているかなんて私には関係ないし、餓死したって知ったことじゃない。
今一番重要なのは、何事もなく鯨さんにお引き取りいただくことだ。
どうしたものかと考えていると私を見ていた鯨さんが口を開いた。
「青猫、お前は『野良猫』か?」
真っ直ぐ私を見る鯨さんの隻眼を見返し、目を細める。
「掃除屋『野良猫』。特定の組織に所属せず、完全中立者として仕事を請け負う清掃業者がいると聞いたことがある。そのなかでも青猫という奴は一流だと……お前のことだろう」
「…まあね。そういう鯨さんも自殺屋でしょ?」
「知っていて何故俺を家に入れた」
「家の前で倒れてたから。最初は放っておこうと思ったんだけど、車庫の前で邪魔だったし服掴まれたから仕方なく」
「お人好しだな」
「そうでもないよ。最初は誰だかわかんなかったし、名前聞いた後も暫く思い出せなかったから」
「しかし今は俺が誰かわかっている。なのに追い出そうともしない」
「臆病なだけ。一流の殺し屋に勝負挑むなんて無謀しないよ。それに鯨さん私を殺しに来たわけじゃないんでしょ?」
「ああ」
「だったら戦う理由は無い」
にこりと笑いかけると鯨さんは同意するように頷き立ち上がった。
「帰るの?」
「ああ、世話になった」
「掃除が必要な時連絡してね〜」
「俺には必要ないだろうな」
帽子を被りながら玄関へと向かう鯨さんに、椅子に座ったまま振り向かずに手を振った。