昨今の積雪など

□猫と鯨、すき・きらい
1ページ/1ページ



「あーーー」


カチカチカチカチ―


「いーーー」


カチカチ…カチ―


「うーーー」


カチ………カチ―


「えーーー」

「あの………煩いんだけど…」



ベッドの上で天井を見ながら声を出していると、ずっとパソコンに向かっていた医者が振り返った。



「だって暇なんだよーー。もう退院させてよー」

「まだ駄目だって」

「もう一週間此処居るんだよ!?やることないし、居るのはオタクのおっさんだけだし!」

「……そう言われてもあんたを出すなってあの男に言われてるんだよ。あんたに帰られたら殺されかねない」

「じゃあ死ねば良いのに〜〜」

「縁起でもないこと言わんでくれ」



うつ伏せになって足をバタバタさせる私を見て医者が溜息を吐いた。



「しかしあんたが押し屋だけじゃなくて自殺屋とも知り合いだったとはね」

「え、なんで私が槿さんと知り合いだって知ってんの?ま、まさかストーカー!?」

「違うよ!うちに初めて来た時あんたを連れて来たのが押し屋だっただろう」

「そういやそうだったねー」



あの時は今回よりも大怪我してボロボロだったっけ。
退院するのに一週間掛かったし……
あれ?



「腕の怪我だけなのになんで一週間も入院しなくちゃいけんのだ!?」

「完治するまで出すなって言われたんだよ」

「ふざけんなッ、あと何週間掛かると思ってんだ!そしてなんで鯨さん見舞いに来ないんだ!!」



知らんよと答えたきり再びパソコンに向かってしまった医者の後ろ姿を睨んだが、諦めて枕に顔を埋める。


ホント、なんで鯨さん来ないんだろ…?
今回かなり迷惑かけちゃったからなぁ。
でも助けに来てくれたあと優しかったし…
もしかして、口ではああ言ってたけど心の中では呆れられてたのかも…
……嫌われたかな…

家帰ったら鯨さん居なくなってるかもしれない。
うちに来たのは気まぐれだろうからなぁ…
うん、きっともう居ない。


あー、なんか泣きそうだ。


ゴロンと仰向けになってじくじく痛む目を閉じ、気持ちが落ち着くのを待つ。


今までこんな気持ちになったことなかったのに何でだ…


腕を瞼の上に乗せてごちゃごちゃした頭の中を整理する。




……ああ、そうか。そういうことか……
私は鯨さんのことが――




導き出した答えに思わず口から笑いが漏れた。
そして泣きそうになった。



「……帰る」

「だから何度言っても駄目だって…」

「鯨さんには私から言っておくから大丈夫だよ。もう退院しても問題ないくらい回復してるし」



どうせ鯨さんはもういないだろうし…

心の中でそう呟き、ベッドから降りてパーカーを羽織る。
慌てたように止めに来た医者を言いくるめてそのまま外に出た。


久しぶりに見上げた空は憎たらしいほど晴れ渡っていた。



*****



一週間振りに帰って来た我が家。

家の前で立ち止り、目を閉じる。

ゆっくり目を開くと鍵を取り出して玄関を開けた。


何も変わっていない。ただ、見慣れた黒いアーミーブーツは何処にも無い。


スニーカーを脱いでリビングに入り、ソファーに倒れこむ。

部屋の空気は淀んでいて、暫く誰も此処に足を踏み入れていないことを表していた。


わかっていた。わかっていたはずなのに目からボロボロと涙が零れた。





頭に違和感を感じ、意識を浮上させる。

いつの間にか泣き疲れて寝ていたらしい。

腫れて重くなった瞼を開くと、鯨さんが少し眉間に皺を寄せて私の前に膝を着いて座っていた。



「く、じら…さん…?」



おそらく寝ている時からずっと私の頭を撫でていたであろう鯨さんを呆然と見ていると、目を細め、包帯を巻いた肩に指を滑らせた。



「傷はもう良いのか?」



心配そうに私の顔を覗き込む鯨さんの言葉に返事ができず、再び溢れた涙が瞬きと共に頬を流れた。



「な…んで……今まで、何処に…」

「すまない。お前を襲った依頼人の仲間を始末するのに手間取った」



私の頭から手を離して目を伏せる鯨さんの首に抱きついた。



「うッ……鯨さん…」

「泣くな、青猫」

「ッ…だ、ってもう、帰ってこ、ないって…嫌わ、れたって……」



私の背中を撫でる鯨さんに嗚咽混じりにそう言うと、肩を掴まれ身体から離された。
瞬きをする私を真っ直ぐ見つめる灰色の隻眼。



「好きだ」



その言葉にますます涙を流すと鯨さんの唇に口を塞がれた。



なく猫、わらう鯨



〜ッ、く、鯨さんなんてきらい……

傷つくな

嘘だ、目が笑ってる

ならお前も嘘を言うな

う………すき……かもしれない

最後のは余計だ



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ