novel

2人の時間
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季節はまだ秋であったが、もう冬といってもいいほど肌寒い毎日が続いていた。

蔵馬は高校を卒業し、義理父の会社で働いていた。
毎日忙しく働いていたおかげで、休みという休みも、まともにとる事もなかった。
それが、突然に義理父から「年末になる前に少し休んでおいた方がいい」と提案され、ここに来てほとんど手付かずだった有休を使うことにした。

さて・・何をしようか。

やりたい事はたくさんあったような気がする。
それなのに、突然何でも好きな事をしていいとなると、実際何をしたらいいのか、何をしたいのか何も浮かんでは来なかった。

午前中に家事を終わらせ、特にする事もなくなり、ベッドに横たわる。
蔵馬は何を考えるわけでもなく、ただ真っ白な天井を眺めていた。

「静かだな・・」

ぽつりとつぶやくと、何か居ても立ってもいられない気分になり、思わず起き上がった。

しばらくその気分の元を考え込んでみたが、それも窮屈になり、本棚の前で分厚い本を一冊手に取った。
もうすでに読み終えた本。
他の本に目を遣っても、やはり読んでしまったものばかりだった。

「はぁ」
小さくため息をつくと、ふと窓の外を見た。
外は相変わらず寒そうだが、天気の良い日だった。
鳥が悠々と空を泳いでいる姿が目に留まった。
何でもない光景に思えたが、蔵馬はその姿を見ると、ふとある事を思いついた。

「霊界にでも、行ってみますか」
そう思いつくと、5分と経たないうちに、蔵馬は霊界へと向かった。

******

久しぶりの霊界だった。
魔界統一トーナメントを終え、平和になってからはほとんど来る事がなかった。
なんとなく懐かしい気持ちに浸っていると、突然後ろから聞き覚えのある声が自分の名を呼んだ。

「あれ?蔵馬じゃないかい!?」
蔵馬はとっさに声の方を振り返った。
ピンクの着物、空色の髪、そして何よりも華やかな笑顔が蔵馬の目に飛び込んだ。

ぼたんだった。

「ぼたん!久しぶりですね」
ぼたんの笑顔に同調され、蔵馬も笑顔で答えた。

「本当久しぶりじゃないかぁ。元気だったかい?」
「えぇ、それなりに。あなたも元気そうで、安心しました。」
「まぁ、あたしは元気が取り柄だからねぇ〜」

そう言ってケラケラと笑うぼたんは”久しぶり”とは言いながらも、昨日も会ったような気にさえさせた。

「こんな所で何してるんだい?コエンマ様なら自室にいらっしゃるよ」
「いえ、今日は図書館に用があって来たんですよ。急に休みになってしまってね。特別する事もないし、せっかくだから霊界の本でも読んでみようかと思ってね」
「そうだったのかい。人間界にいたらなかなか読めないしねぇ。あそこには膨大な量の本があるから、暇つぶしには丁度いいかもしれないね」

終始笑顔のぼたんに、蔵馬は心を潤わせる、懐かしさ以上の想いが芽生えて来るのを感じた。
わざわざ霊界にまで足を運んだ甲斐があったと、心から思った。

「ぼたんはまだ仕事ですか?」
「いや、それがさぁ、今日はコエンマ様から別の仕事を頼まれてたんだけどね。思ったよりも早く片付いちゃってさ、今日の任務はもぉおわっちゃったんだよ」

残念がるそぶりを見せてはいたが、輝く瞳は嬉しさを物語っていた。

そんなぼたんに、蔵馬は無意識に言葉を発した。

「じゃぁ、今から一緒に食事でもどうですか?」
意識が、思考に頼らずそのまま出た言葉だった。

「え?あたしとかい?でも蔵馬、図書館に用があったんじゃ・・」

「図書館は暇つぶしだって、言ったでしょ?暇つぶしに来たら、思わぬ幸運に巡り合えましたね」

「??幸運?あたしで暇がつぶれればいいんだけどさ」
ぼたんは蔵馬の言葉を理解しないまま話を続けた。

「十分すぎる位です。反対に、ご迷惑でなければ。」

ぼたんは、そう言って少し淋しげな顔をした蔵馬の顔を見ると、その不安をかき消すように笑顔で答えた。

「迷惑なんて、あるわけないさね!もちろん、とびっきりおいしい所へ連れてってくれるんだろ?今着替えてくるから、待っててくれるかい?」

「もちろん。待ってますよ。何時間でも」

嬉しそうに蔵馬は、本当に何時間でも待ちますというように、壁にもたれ掛かった。

「何時間なんて、大げさだねぇ〜」
笑いながらぼたんは、部屋へと向かって行った。

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