novel

気づき始めた恋
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玄海師範の屋敷に集まるのは1年ぶりだった。
戦いに追われ毎日行動を共にしていた頃とは違い、社会に出てそれぞれの生活を送るようになってからは、会うことも簡単ではなくなってきた。
それでも居心地のいい仲間を懐かしみ、忙しい中でもこうして1年に1回は必ず集まるようになっていた。

「久しぶり」とは言いながらも、昨日も一緒にいたかのように打ち解ける。
こうして再会した日は必ず、全員が大はしゃぎで飲み明かす。

この日も例外ではない。
幽助達は上機嫌に次々と酒を空けていく。
すでにビールやら酎ハイやらの空き缶が何本も転がっている。
ペースが早いのは毎回の事だ。

真っ赤な顔で大笑いしている幽助や桑原を横目に、飲んでいてもそのクールな顔を崩さない蔵馬は、一人、外の風が恋しくなり輪からはずれた。


蔵馬は縁側から、石の踏み台の上に置かれたサンダルを履き、庭に出た。

風が、今の火照った体に心地よく応える。
空には、一つ一つを目視出来ないほどの多くの星達が輝いていた。
幸せな気分だった。

蔵馬は、遠くから聞こえてくる宴会の声を背景に、その空間に浸った。

蔵馬が縁側に腰掛け、しばらく風に当たっていると、遠くから、自分を呼ぶ声が聞こえた。





「蔵馬ぁー?蔵馬どこだーい?」
大きな声で自分を呼ぶその声は、ぼたんだった。

「ぼたん、ここですよ。」

「あっ。いたいた蔵馬。こんな所でなにしてるんだい?気分でも悪いのかい?」
「いえ、違いますよ。少し飲みすぎたので、ここで涼んでいたんですよ。」
そういう蔵馬の顔はいつも通りのポーカーフェイスで、″飲みすぎた″とはとても思えなかった。

それでもぼたんは蔵馬の言葉を真に受ける。
「へぇー。蔵馬でも飲みすぎる事なんてあるんだねぇ」
そう言いながらけらけらと笑った。

「そういうぼたんこそ、どうしてここに?」
蔵馬は終始変わらない穏やかな顔をしている。

ぼたんは、「んー…」と言い掛けると、みんなのいる方に目をやる。
幽助は一升瓶を左手に持ち、もう一方の手であぐらを掻いた膝をばんばん叩いて笑っている。
その横で蛍子は幽助にあれこれ言いながらも嬉しそうにしている。

桑原は例の如く雪菜しか見えていないという感じであった。
ぼたんはその様子を横目に、ふぅと小さくため息をつくと、蔵馬の顔をまじまじと見た。

「いやさ、何かあたしだけあぶれた気がして・・」
「あぶれた…?」
「あっ、いや何でもないよ!ところでさ。蔵馬のタイプって、どんな人なんだい?」
ぼたんはふと思いついた事を口に出す。

「何ですか?急に。」
蔵馬は蔵馬でぼたんの質問が不思議に思えてならない。
ぼたんから恋愛の話を持ち出されたことなど、今までに一度もない。
それゆえに、ぼたんが突然に持ち掛けた質問は、蔵馬の思考回路をフル回転させられることになる。
幽助達に対してなど、他人の恋愛には興味があるんだろうとはなんとなく思っていたが、今の質問もその類なのだろうか。
女性というものはどんな人の恋愛でも気になるものなのか。
蔵馬の脳裏にふと、オフィスの隅で輪を作った女性達が、活き活きした顔で恋愛話をしている光景が浮かんでくる。
そんな女性達からぼたんへ視線を戻すと、ぼたんも女の子なんだなと、なんだか微笑ましく思えた。

「何か突然気になったのさ。だって、他の仲間はみんなそれぞれ恋愛してるじゃないか。幽助は蛍子ちゃん、桑ちゃんは雪菜ちゃん、飛影は・・」
言いかけてぼたんの口が止まる。
口にだしていいものか迷った。
もちろん頭に浮かんでいるのは躯の顔。
しかし雪菜の件もあって、飛影の事は下手に喋ってはいけないような気になった。

「躯でしょ?」
そんなぼたんの考えが手に取るように分かり、くすっと笑いながら蔵馬は助け舟を出した。

「そ・・そうそう!や、やだよぉ、蔵馬は知ってるんだから別に言ってもいいんじゃんか」
ぼたんは冷や汗を掻きながら、安堵と焦りが入り混じったように手をぱたぱたと動かす。

「ほら、あんたとはさ、長い付き合いだけど、色恋話なんて聞いた事ないだろ?
それどころか、そんな雰囲気さえも感じた事ないし。
実は女の子に興味がな・・・」

そこまで言うと、蔵馬はジロッとぼたんの顔を見た。
ぼたんは蔵馬のその視線を感じ、慌てて小さい声で
「・・・いわけ、ないですよねぇ〜。蔵馬さん…。あっ、いやさ、蔵馬ってば、あんまりにも浮いた話を聞かないもんだから、このぼたんちゃんがあんたの恋愛を応援してあげようかと思ってさ!噂に寄ると、あんたってモテるそうじゃないか。あんたがその気にさえなれば、すぐに彼女も出来るんじゃないかと思ってね〜」
と愛想笑いを浮かべながら言った。

どこから聞いた噂なのだろうとも思いつつ、蔵馬はもう一度ぼたんの質問を思い返すように、空を見上げた。

「タイプですか・・。うーん、難しいですね。考えた事もなかったな」
と話し出す。
間違いなくはぐらかされると思っていたぼたんは、意外と真面目に答えた蔵馬に驚いた。
隣で目を丸くして自分を見ている視線に気がついた蔵馬は、「うーん」と空を見ていた目をぼたんに向けた。

「・・どうせ答えないだろうって、思ってました?」
蔵馬は少しいじわる気味に言ってみた。

「えっ。い、いやそんな事!思ってるわけないさね〜。ハハハ」
ぼたんは図星をあてられ、焦って頭を掻く。

わかりやすい。

蔵馬は思わず笑った。

「考えたことない事はないだろう?今まで好きになった人とかで、だいたい自分のタイプとかってわかるもんなんじゃないのかい?」
ぼたんはまだ少し焦りを残しながらも必死に話題を変えた。

「そうですねぇ。それじゃぁ、好きになった人が、タイプですかね。」

「・・・」
言われて、ぼたんは考える。

「ちょっと、それってやっぱりはぐらかしてるんじゃないのかい?」
蔵馬を横目でにらむと、フンッと少し口を尖らせた。

「めずらしくスルドイ!」
蔵馬は、親指と人差し指を立てて、命中とばかりにぼたんに向けた。

「ちょっと、なにさぁ!それ、どういう意味だい!?バカにしてんだろぉ!全く、失礼しちゃうよ」
関心した蔵馬にぼたんは今度はぷくっと膨れて怒った。

蔵馬はますます可笑しくなった。

笑ったり、焦ったり、怒ったり・・
表情がころころ変わる。

「あ、ねぇじゃぁさ、あたしが、どういう子がタイプか探してあげるよ!」
ぼたんはもうさっきまで怒っていたことを忘れたように部屋の中を見渡している。
どうやら部屋の中から聞こえる騒がしい声に、この中からタイプを探っていこうと思いついたらしい。

「ぼたんがですか?」
ぼたんの思いついた事はもちろんわかっていたが、理解をしていないフリをして蔵馬もさりげなく部屋の中を見る。

「そう。うーんと・・じゃぁさ、女の子らしくて純粋そうで、可愛らしい子なんてどうだい?」
ぼたんは隣で赤い顔をしている桑原と雪菜を交互に見ながら言う。

「えぇ、可愛らしい子はいいですね。でも、桑原くんみたいな、まっすぐで積極的な人の方が合ってるんじゃないかな。俺みたいなタイプだと、お互い気を遣ってしまいそうな気がするね。」

「うーん、確かに。蔵馬ってあんまり思ってる事表に出さないし、相手からしたら、何考えてるかわからなくて、思いつめちゃう気もするさね。」

(何気に失礼ですね・・笑)
ぼたんの悪意のない言葉に苦笑する。
その一方で、全くその通りだとも思い、否定は出来なかった。

「そう考えると、俺とは反対に、あまり考えすぎない人の方がいいのかもしれないですね。深く考え過ぎない人の方が、俺には気が楽でしょうね。」

「考え過ぎない?ノー天気って事かい?」
「まぁ、それは言い方悪いですが。明るい方って事ですかね」
蔵馬は笑いながら言った。

「ふーん・・。あっ、じゃぁさ、しっかりした大人の女性って感じの人なんかどうだい!?」
蔵馬の言葉を深追いすることなく、ぼたんは、今度は一升瓶を片手に赤い顔をしている静流に目を遣る。
酔っ払って桑原に絡んでいる姿が、普段の大人らしさが半減しているように見えて残念でならない。

「俺、こう見えて女性には甘えるよりも、甘えられる方がいいんですよ。それに、しっかりしてるよりちょっと抜けてる方が好きですね。あと、俺より強すぎる女性も、対処に困るかな」
蔵馬は言いながら、静流に怒られている自分を想像して冷や汗を掻いた。
さすがの自分でも静流をなだめるのは容易なことではないと思った。

「蔵馬よりも強い女の子なんてそうそういないじゃないか。でも大人の女性なら話も合いそうだし、言わなくても何でもわかりそうじゃないか」
「俺は、考えをわかっていてほしいわけではないんですよ。ただ、俺の事を想ってくれるなら、それだけで嬉しいんです。」

「蔵馬の事を想ってる子かい?」

「まぁ俺に限らず、いつも周りの人の事を想っていて、情にもろい子とかね」

「そんな子いるのかい?」
ぼたんはイメージを膨らませたが人物像はまるで出来上がらなかった。

「うーん、そうかぁ」
人差し指をあごに当てながら、ぼたんは残念そうに唸った。

「じゃぁ友達みたいなタイプで、喧嘩するほど仲がいいって感じの子はどぉだい?」

「俺は幽助みたいに一緒に喧嘩出来る感じではないですからね。どちらかというと、一方的にからかう方が・・。」
皆まで言わず、蔵馬は笑顔でごまかした。

「からかう・・って、あんた意外と性悪だねぇ」

「はは・・ありがとうございます。からかいがいがある方が、一緒にいて楽しいでしょうね」

「ふーん。蔵馬が今まで言ったのって、あんまり深く考えないような明るい子で、ちょっと抜けてて、いつも人の事を考えてて、からかいがいのある子・・だろ?」
ぼたんは言いながらその人物像を思い描いた。

蔵馬も同じくその人物像を思い描くと、ゆっくりと立ち上がり、小さく笑いながらつぶやいた。

「今、気が付きました。」

蔵馬はくるっと体を反転させぼたんの方を向くと、石段に片足を乗せ、ぼたんの耳元に顔を近づけ、そっと囁いた。

「どうやら俺のタイプは、あなたみたいですよ。」
「・・・えっ」
一瞬でその言葉を理解出来なかったぼたんは微動だにせず固まった。

蔵馬はゆっくりと顔を離しぼたんの顔を見つめ、にっこりと笑った。
ぼたんもゆっくりと顔を動かすと、キョトンとした顔で蔵馬を見た。

吸い込まれそうな翡翠色から目が離せなくなった。
しかしすぐに、言われた言葉を理解したぼたんは、あたふたと慌て始めた。

「ま、また、そんな事言って、上手くはぐらかす気かい?」

「いえ。真面目に答えたんですよ。」
しれっと応える蔵馬に、ぼたんは余計にムキになる。

「まぁ、タイプはあくまでも、タイプだからね!」

ぼたんは顔を赤くしながらも、否定するように言う。

「でも、最初に言ったでしょ?好きになった人が、タイプだって。」

「つまり、ぼたん。俺は、あなたの事がタイプで、あなたの事が好きみたいです。」

蔵馬は優しく話し始めたが、最後はハッキリとした口調で言った。

「えっ・・そ、そんな事いきなり言われても・・それに、そんなの思い付きで言ったんだろ?」
恥ずかしがりながらも、ぼたんは蔵馬の顔をチラッと見た。

「いえ、思い付きではないです。確信したんですよ。」
そう言って蔵馬はぼたんの顔を見つめていたが、突然思い出したように
「あっ」
と白々しく言った。

「そういえば、俺の恋愛を応援してくれるんでしたっけ?」

蔵馬は、こんなにも邪気の溢れた無邪気な笑顔があるのかと思うほどの、満面の笑みを浮かべていた。

ぼたんは、ただでさえ混乱している頭の中が、さらに混乱でパンクしそうになった。

「ちょ、ちょっと待っとくれよ!あれは…」
言い掛けた時、蔵馬はぼたんの肩をポンッと叩くと

「俺が、好きな人と上手く行くように、お膳立てお願いしますよ。期待してます。」
そう、耳元で囁いた。

「なっ…ちょっと待っ…」

「俺がその気になれば、すぐに彼女が出来るって保証も貰えてるので。手始めに、今度デートでもしましょうか。」
「〜〜〜〜っ。」
終始蔵馬のペースに飲まれるぼたんは必死に反論しようとするが、返す言葉が見つからず、その声は声にならなかった。
蔵馬は満足そうに微笑むと、そのままみんなの輪に戻って行った。

ぼたんは、そんな蔵馬の横顔を見ながら、自分の手で両頬を抑える。
「・・あたし、どうしたらいいのかねぇ」
そんな事を呟くと、途方に暮れるように空を見上げた。



今から始まる
これからの2人の事を想像しながら…



-end-

□あとがき□
当サイトに遊びに来て下さり、そして最後まで読んで頂き大変感謝申し上げますm(_ _)m
久しぶりの投稿ですが、5年前位に書いて途中になっていた物です。
5年ぶりに開いて、何とか完成させました…
しかし…ぼたんがみんなからタイプを聞くってこの設定、大丈夫なのか?
と思いました(笑)
やっぱり蔵馬にはぼたんしかいない!というのを、切実に訴えたかったのだと思います。。
その辺の話も含めて、あとがきをdiaryに乗せてますので、そちらも合わせて見て貰えたら嬉しいです。
拍手&コメントなど頂ければ、なお嬉しいです!


 

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