novel
□愛しいとき
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窓から暖かい光が差し込む蔵馬の部屋。
その部屋の中で、特に日当たりのいい場所を陣取っているのは、この部屋に来るといつもその定位置に座るようになっていた彼女・・。
ぼたんだった。
蔵馬の部屋に入ってから数時間、ぼたんはその位置からほとんど動く事なく、目には変化のない景色が嫌というほど焼きついていた。
ぼたんはベッドに座り、壁にもたれ掛かり、たまたまその時に放送していたドラマを観ていた。
ドラマは今日が3話目の放送だった。
初めて観るそれは、コテコテすぎる恋愛ドラマで、内容を理解するまでになんとなく飽きてしまう位だった。
そんなぼたんの視界の中には、ついこの間買ったばかりと言っていた本を熟読している、蔵馬の後ろ姿が映っていた。
「ねぇ、蔵馬。」
ぼたんは、この部屋に入ってから会話のほとんどなかった蔵馬に声を掛けた。
「何ですか?」
蔵馬は返事はするものの、目線は本に向けられたまま動こうとしない。
「ちょっと聞いとくれよ。この前ね、コエンマ様ったらさ・・」
ぼたんは先ほどから微動だにしない蔵馬の頭に向かって話し出す。
内容は特に大した話ではない。
コエンマがどうしたとか、霊界で最近何が起こったとか、そんな日常の話だった。
色を付けて一生懸命に話すぼたんに、蔵馬は「へぇ」とか「すごいね」とか、何の面白味もない一言、二言で返す。
もちろんぼたんには、物足りない返事でしかなかった。
さっきまで退屈していたドラマの声が聞こえて来る。
瞳を潤ませている女性が、真面目で仕事人間という感じの男に、「私のどこが好きなの?」とか聞いている。
今まで、そんなのくだらない質問だと思っていた。
それなのに、何となく共感してしまった自分が信じられなかった。
(あたしは、蔵馬のどこが好きなんだろ)
ぼたんは、同じくくだらないと思っていた自問自答をした。
「ねぇ、蔵馬?蔵馬は、あたしの事好きかい?」
弾まない会話の足しに、というような感じに、ぼたんはさりげなく聞いた。
「もちろん好きですよ」
返事は即答だった。
もちろん、望んでいた答え。
それなのに、全く嬉しくはなかった。
「じゃぁ、どこが好きなんだい?」
別にそんな事、聞くつもりではなかった。
聞きたくもなかった。
それなのに、勝手に言葉が出て来てしまった。
「どこ?全部ですよ」
「・・具体的に」
「そうですね、可愛い所かな。」
「……」
「・・なーぁんだ!」
ぼたんはわざと大きな声でそう一言言うと、
「うん。そうか、そうか。」
と付け足すように小さく頷きながら呟いた。
蔵馬の答えに納得したわけでは到底なかった。
蔵馬にとっては、自分の事など世間話と同じレベルでしかないのだ。
そう思えた。
「へぇ」とか「そうだね」とかと同じ、そんな口先だけの言葉としてしか、ぼたんには届かなかった。
「何がですか?」
ぼたんの不自然な返事に、それでも蔵馬は顔色一つ変えずに聞いた。
「なんでもないよ」
“あたしは、もうわかってるんだから”
そんな思いを込めて、平然を装ってぼたんは応えた。
「何でもない事ないでしょ?」
さらに不自然な答えをするぼたんに、蔵馬は聞く。
「じゃぁさ、蔵馬は、あたしの事どの位好きなんだい?」
自分が最もしたくないと思っていた質問が、思わず出た。
別に答えなんてほしくなかった。
それなのに、そんな事を聞かずにはいられなかった。
そんなくだらない質問をしてしまう自分への怒りは、自分自身に気が付かれないように、蔵馬へと向けられた。
「んー・・」
聞いているのかいないのか・・
考えているのか、それとも本に集中しているのか・・
蔵馬はそれ以上何も言わなかった。
その蔵馬の反応を最後に、ぼたんも黙った。
もう蔵馬の後頭部ですら見るのが嫌になって、そっぽを向いた。
蔵馬に気付かれないように後ろを向くと、じんわりと涙が滲んできた。
(蔵馬のばかっ。もうあんたには何にも期待しないんだから。)
ぼたんは膝を抱え、顔を伏せようとした。
その時だった。
「何すねてるんですか?」
そう言うと同時に、ぼたんは後ろから蔵馬に包み込まれた。
「・・!!な、何するんだい。いきなり!!」
「どうしたんですか?」
蔵馬は優しく聞いた。
「別に。どうもしてないさね。」
蔵馬に引き寄せられ、その体が触れながらも、ぼたんの膨れ面はまだ蔵馬と目を合わせようとはしなかった。
「どうもしてないって感じには、見えないですよ?」
懲りずに蔵馬は聞き返す。
「本当に何でもないさね!もぅ離しとくれよ。」
「俺が、あなたの事、離すわけないでしょ?」
蔵馬はさらに強くぼたんを抱きしめた。
「どうしたんですか?」
蔵馬は耳元で優しく聞く。
「自分自身に聞いてみれば」
ぼたんはそっけなく答える。
(・・どうせ、あたしの話なんて聞いちゃいないんだから。)
ぼたんは心の中で悶々と愚痴を繰り返す。
蔵馬は、ぼたんの答えに少し黙ってぼたんを見つめていた。
するとぼたんの前に周り込み、両手でぼたんの頬を挟むと、その顔を自分の顔の目の前に向かせた。
「ぅわっ・・」
ぼたんは、思わず声を上げた。
「ちゃんと、聞いてますよ。あなたの話。」
蔵馬は自分の両手に挟まれたぼたんの顔に、にっこりと笑い掛ける。
蔵馬のアップに、ぼたんの顔がみるみる赤くなる。
「ちょ、ちょいと、な・・何すんのさ!!」
そう言いながらも、ぼたんの顔は真っ赤になっていく。
蔵馬は自分の手の中で真っ赤に染まっていくぼたんを、満足そうに見ている。
「そういう所ですよ」
「へっ!?」
「可愛いところ」
そういうと、蔵馬はにっこりと笑い、ぼたんの頬に軽く「ちゅっ」とキスをした。
「〜〜〜!!」
「それと、全部。」
そういうと、蔵馬はぼたんをベッドに押し倒した。
「まだ、ひとつ応えてませんでしたね」
「へ?」
「どの位好きか。」
「えっ・・。」
「あなたの全てを、俺の物にしたい位・・ですかね。」
そういうと、蔵馬はぼたんの首筋から、体、足に掛けて、優しくゆっくりとキスをした。
「ぼたんは?」
「え?」
「ぼたんは、俺の事どの位好きですか?」
「・・あんたがあたし以外の物に夢中になってると、ヤキモチ妬いちゃう位。かなっ!」
ぼたんは舌をぺロっと出すと、嫌味たっぷりに言った。
蔵馬は、一瞬止まって瞬きを2回すると
「参ったな。」
とクスッと笑って、ぼたんの頭を“ごめん、ごめん”と言うように撫でた。
ぼたんは心地良さそうに蔵馬の手の温もりを感じてから、蔵馬をじっと見つめた。
「うそ。あんたにあたしの全てをあげてもいい位かな」
そう言って、ぼたんはそっと蔵馬の首の後ろに手を回すと、ぎゅっと蔵馬に抱きついた。
二人はもう一度お互いに目を合わせると、
愛しそうに、静かに目を閉じ優しくキスをした。
ドラマの中では、未だに彼女が泣きながら何かを叫んでいたが、ぼたんには、もうその声は聞こえなかった。
ただ優しく暖かい幸せだけが、ぼたんを包み込んでいた。
end・・
■あとがき■
「愛しいとき」読んで頂きまして、ありがとうございました!
今回のお話は、以前に九竜さまから頂いた大切なイラストをイメージして描きました。
今回もあとがきをDiaryに載せてありますので、合わせてご覧いただけると嬉しいです。
ご意見・ご感想など頂けるとさらに嬉しいです!
ありがとうございました。