novel
□かなわない愛情
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「ぼたん!」
暑い夏の日。
空から勢いよく降りてくる彼女に、そう声を掛けたのは蔵馬だった。
「蔵馬!」
焦りながらも、嬉しそうに勢いよく飛んでくるぼたん。
一か月ぶりの待ち合わせだった。
お互いの仕事が忙しく、なかなか会えない中で、やっと作る事が出来た時間だった。
それでもぼたんは日中仕事が入り、会うのは夕方過ぎの時間からだったが、二人にとっては貴重な時間だった。
蔵馬はぼたんを気遣い、待ち合わせは人通りのほとんどない場所に指定した。
その場所を目掛けて、ぼたんは櫂を飛ばしてきたのだった。
「ごめんよぉ、お待たせ♪」
ぼたんは蔵馬の前に降り立つと、いつもしているように左へとそっと並び、二人は歩き出した。
「ねぇ、蔵馬は今日何してたんだい?」
久しぶりに会えた事が何よりも嬉しくて、世間話にさえぼたんの声は、弾んでいた。
「今日ですか?うーん、そうですねぇ・・」
ぼたんのありきたりとも言える質問に、蔵馬は頭をひねって考えた。
そしてしばらくすると、
「秘密です」
と、前を向いたまま答えた。
「・・えっ?秘密??」
ぼたんは目を丸くして蔵馬の方を見る。
「ちょいとぉ、何で秘密なんだいっ!?何かやましい事でもしてたんじゃないのかい?」
「やましい事って、何ですか?」
蔵馬はくすくすと笑っている。
ぼたんは面白くなさそうに、隣で笑っている蔵馬を問い詰める。
「何で秘密なのさ!一体何してたんだい!?」
ぼたんは歩く足を止め、蔵馬を見上げた。
ぼたんは、からかわれている事を薄々感じながらも、それでも聞かずにはいられなかった。
「…気になりますか?」
蔵馬も同じく立ち止まると、ぼたんの顔を覗きこんだ。
「べ、別に気にならないさね!」
ぼたんは、蔵馬と目が合うと、顔を少し赤らめながら、直視出来ずに目を逸らした。
「本当に?」
蔵馬は、そんなぼたんの事をわかって、わざと、さらに顔を近づけた。
その目は好戦的で、よく見る蔵馬特有の”楽しみ”の顔をしていた。
ぼたんは、その目に弱く、こういう時はもう何を言っても墓穴を掘るだけで、勝てない事は身にしみてわかっていた。
だけど悔しいから「気になる」とも言えずに、そしてその葛藤している自分を満足そうに蔵馬が見ているのもわかっていて、反論することが出来なかった。
そして結局はいつも蔵馬のペースに落ちていた。
「〜〜ッずるい。」
ぼたんは悶々と、腑に落ちない顔をしている。
「何ですか?」
ぼたんとは対照的に、蔵馬はにっこりと笑って聞く。
「蔵馬ってずるいやね。何かいっつも思い通りにしちゃってさ」
ぼたんは短くため息をついた。
「蔵馬には、敵わないねぇ」
ぼたんは実感を込めて言った。
「…そんな事、ないですよ」
蔵馬は改めてぼたんの顔を見ると、涼しい顔で言った。