novel

距離が縮まるそのときには
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どこの世界でも、知らない間に自分を取り巻く環境が大きく動いている事がある。
ここ霊界においても、それは例外ではなかった。

「あっ!ぼたん。いたいた。探したのよ。」

本日付けの霊界への案内を終え、休憩室で仲の良い案内人とお茶でもしようかと足早に歩いていたぼたんは、一人の霊界案内人にその楽しみを足止めされた。


「なんだい?あたしに用かい?」
「用なのは、あたしじゃなくて、コエンマさまよ。至急ぼたんを連れて来いって、頼まれたのよ」
「コエンマさまが?」

特に親しいわけではない彼女に突然呼び止められ、今のぼたんにとって喜ばしい話ではない事は容易に想像が出来た。
それがコエンマの使いで来たとなっては、ますますぼたんの予感は的中だと思わずにはいられなかった。

どうせ仕事の話だろうと、あまり気乗りはしなかった。
それでも当然ながら知らないふりは出来ず、彼女に礼を言うと、ぼたんはしぶしぶコエンマの部屋へと足を運んだ。


「ぼたんでーす。入ります。」
憂鬱な気持ちなど微塵も感じさせないように、いつもの明るい調子でぼたんはコエンマの部屋へ入った。
明るい性格の為だけではなく、嫌そうな顔をすると余計にいじわるを企む上司の性格を知ってのことだった。

「おぉーぼたん!待っておったぞ!」
ぼたんの気持ちなど知る由もないコエンマは、同じテンションでぼたんを迎える。

「急ぎの用って何なんですか?コエンマさま。」
ぼたんが話を急かすと、コエンマは急に上司の顔に戻り、深刻そうな顔でぼたんに話し始めた。

「うむ。いやな、お前、今蔵馬に魔界の植物についての調査を頼んでいるのは知っているな?実は今日、その報告書を持って蔵馬が霊界へ来る事になっておるのだ。」

「へぇー。そうなんですか。蔵馬も仕事でもないのに、大変ですね。」
ぼたんはそんなコエンマを他所に、人ごとのように話を聞き、人ごとのように返事をした。

「それで、急ぎの用事って何ですか?コエンマさま」
実際急いでいるのはコエンマではなくぼたんの方であった。
一秒でも早くこの場所から去りたいぼたんは、本題を急いだ。

「まぁ、そう焦るな。いやな、そこでだ・・。お前蔵馬の報告を聞いてやってくれ。」
「なぁーんだ、そんなこ・・えっ!?蔵馬の報告を!?あたしがですか!?」

「そうだ!お前がだ!」
コエンマは、さっきの顔とは打って変わって嬉しそうにぼたんを指さして答えた。

「何であたしなんですか!」
やっと仕事が片付いて楽しい息抜きが待っていたぼたんには、殺生極まりなかった。

「いやぁ、お前なら蔵馬と面識があるし。他に頼める奴がおらんのだ」
面識がある以外には、単に頼みやすいという理由だけだった。

「そんなぁ・・。第一、あたしじゃそんな報告聞いても何の事かさっぱりわかりませんよ!」
「その心配はない!蔵馬は家庭教師としても優秀だからな。どんなどアホウにでもわかるように話してくれるはずだ!」

「どんなどアホウでもってぇ・・」
コエンマのさりげない失言に、ぼたんは半べそをかいた。

「だいたい、コエンマさまご自分で聞いたらいいじゃないですか。」
「わしは忙しいのだ。だからお前が聞いて、わしに要点だけちょちょっと教えてくれればそれでよい」
ぼたんはこの適当な上司を横目に、なんとなく蔵馬に同情を覚えた。

「とにかく、これは上司からの命令だ!!」





「はぁ・・」
コエンマの部屋を後にしたぼたんは「ここなら誰も来ないしゆっくりできるだろう」と、恩着せがましく渡された会議室のカギを見つめて、深くため息をついた。

ため息と重たい足を代わる代わる出していると、ふとどこからともなくそんな気持ちを掻き消す程の強い視線を感じた。

「・・ねぇ、ぼたん。」
憂鬱で足元しか見えていなかったぼたんの背後から、恐る恐る声を掛けましたと言わんばかりのか細い声が聞こえた。
声のする方を振り返ると、いつからそこにいたのか、ずっとそこにいたのか、先ほどの霊界案内人が、柱の陰から顔を出していた。

「ん?あんたはさっきの?また何か頼まれ事かい?」
「ん・・あのさ、今から、蔵馬さん来るんでしょ?」

「え?蔵馬?あぁ、何か報告書持って来るって。コエンマさまってば、あたしにその報告を聞けって言うんだよ!ヒドイと思わないかい?」
ぼたんはどこでもいいから捌け口を探していた。

「うん、そうね。ひどいわね。ねぇ、蔵馬さんて、忙しいのかしら?」
ぼたんの愚痴はさらりとかわされた。

「へ?」

「それがおわったら、すぐ帰っちゃうのかな?」
「さぁ?蔵馬の予定はあたしにはわかんないさね」

「"さぁ?"じゃなぁぁい!!」

話の意図もわからないまま答えていると、霊界案内人の後ろから、やたらと声の大きい同じく霊界案内人がもう一人、彼女を押しのけるように出てきた。

「なんならその前でもいい!ねぇ、ぼたん。ちょっと蔵馬さんと話させてよぉ!」
突然出て来たかと思うと、身を乗り出してぼたんへ言い迫った。
ぼたんはそのあまりの迫力に押され気味になり、体を後ろへ仰け反った。
わけもわからないまま圧倒されているぼたんの心中を無視するかのように、興奮ぎみの案内人達が、次から次へと手品のように出てきた。
気が付けば、ぼたんは数人の案内人に取り囲まれていた。

「えぇ?何なんだい、あんた達」
ぼたんにしてみれば、この状況が既に理解の範囲を超えていた。

「何って。決まってるじゃない!あたし達、蔵馬さんのファンなのよ!!」
「ファン!?何だいそれ??」

「やだ、ぼたん知らないんでしょ。蔵馬さんは、人間界ではもちろんの事、魔界でもそりゃぁ人気があって、果てはこの霊界でも隠れファンがたっっくさん、いるのよ!?」
彼女達は興奮のあまり力が入りすぎて、こぶしを握りしめ、身を前に乗り出し、鼻息は荒く、その周りには炎が見えるようだった。

「ふ、ふ〜ん・・」
ぼたんはあっけにとられて何も言葉を返せなかった。

「そうよ。ぼたんばっかりずるいわよ。いっつも蔵馬さんと一緒にいたじゃない!」

ぼたんはそこでようやくハッとした。
話を全て理解出来てはいなかったが、今自分は誤解されているのだと思った。

「一緒にいたってねぇ!蔵馬は仲間だからじゃないか。蔵馬の事なんて別に何とも思ってないし、仲間以上でも以下でもないんだよ!!」
ぼたんは必要以上に大きな声で断言した。

ぼたんのきっぱりとした言葉に、彼女たちは愕然とした表情を浮かべた。

「・・あんた、本気で言ってるの?」
「うそでしょ?」

「信じられない!!あの蔵馬さんと一緒にいて、何とも思わないわけ?」

「何ともって、何て思えっていうのさ?」
ぼたんには、自分が責められている理由がまるでわからなかった。
そして、なぜこんな目に合わなくてはならないのかわからなかった。

本気で理解を示さない様子のぼたんに、彼女たちはあっけにとられていた。
自分たちとぼたんとの温度差が信じられなかった。

「じゃぁ、蔵馬さんと一緒にいても、二人っきりでいても、何にもドキドキもしないってわけ・・?」

「・・ドキドキ?」
ぼたんはきょとんと目を丸くした。

「あっはは〜。そ〜んなのあるわけないさねっ」
ぼたんは面白い冗談でも聞いたかのように、けらけらと笑い出した。

「あたしが蔵馬にドキドキするなんて。もしそんな事があったら、そん時は、きっと蔵馬を好きになるさね〜」
冗談ぽく笑いながら、ぼたんはひらひらと手を振った。

「なんなの…アレ…。」
笑いながら去っていくぼたんの後ろ姿を、彼女たちは珍しいものでも見るかのように見送った。

「・・行こっか。」
最大のライバルが、もはや敵ではなかったと、霊界案内人の彼女たちは、魂が抜かれたようにその場を後にした。

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