novel

Real Love
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霊界では、いつものように忙しく時が流れていた。

忙しい中にも関わらず、楽しそうにその日の業務連絡をしていたのは、いつもにも増して陽気さを振舞っているぼたんだった。


「おい、ぼたん。何をうかれておる。」

目障りそうにそう言ったのは、目の前で鼻歌混じりに浮き足立っているぼたんの上司、コエンマだった。

「いやですよぉ、コエンマさま。ぜーんぜん、うかれてなんていませんたら♪」
自分を睨んでいる顔など気が付きもせずに、それどころか恥ずかしそうに顔を赤らめながら、手をひらひらさせてぼたんは言った。

うかれているのがわかってて聞いているのだ。
とコエンマは思ったが、のろけているようにしか思えないその言い方に、コエンマはただ腹が立った。

”うかれていない”なんて言葉は、コエンマには、とても真っ直ぐには届かなかった。

実際コエンマが苛立っているのは、その言葉うんぬんのせいでもないからだった。

その浮かれた心を創り出している原因が、目を反らしても飛び込んで来る程に見え隠れしているからだった。

コンコン・・。

「コエンマさま、失礼します。お客様がいらっしゃってますが…。」
そう言って一人の赤鬼が部屋へと入って来た。

(そら来た)

コエンマは瞬時に思った。

(やっぱりそうではないか。)

自分をなだめるかのように、現実を受け止めようとした。

「通せ。まぁ、わしの客ではないだろうけどな。」
そうコエンマは冷たい口調で応えた。

対応した赤鬼は、気付かないふりをして、平然を装っていた。

ウィーーーーン…

客人の待つ扉が重い音を立ててゆっくりと開いた。

「蔵馬!!」

まだ扉が3分の1も開いていない所で、ぼたんがすぐにその客人の名を呼んだ。

「やぁ、ぼたん。コエンマ、お久しぶりです。」

そこには、見馴れた穏やかな顔をした蔵馬が立っていた。

コエンマは、取って付けたような自分の名に「あぁ」と短く返事をした。

「たまにはコエンマの顔を見に来ないとと思いまして。ご挨拶までです。」
蔵馬はにっこりと笑ってコエンマに向き合った。

嫌な顔をする奴だ、とコエンマは内心思った。

「お前がそんなに気を遣ってくれる奴だったとはな。」
笑みを浮かべる蔵馬とは対照的に、コエンマはにこりともしなかった。

「お前、わしに挨拶なんて言ってるが、他に用があって来たんじゃないのか?」
挨拶もそこそこに、嫌みたっぷりに言ってみせた。
終始穏やかな蔵馬の顔は、なぜかコエンマの苛立ちを掻き立てた。

この何を考えているのかわからない笑顔が、自分の心を見透かしているようで、そして何を言っても勝てないような気がして、腹立たしくて仕方なかったからだ。

そのとき、この微妙な空気を全く察していないぼたんが、ひょいっと蔵馬とコエンマの間に割って入って来た。

「ちょいと聞いてくださいな、コエンマさまッ。今日は蔵馬がとびっきりおいし〜いディナーに連れてってくれるんですよ!!♪」

上機嫌に笑って言ったぼたんは、誰かに自慢したくてしょうがないという感じだった。

蔵馬は、そんなぼたんにいつもながら呆気に取られたが、しかし今日は、話も早々に切り上げたいと思っていたので、そのままぼたんの話に合わせる事にした。

「すいませんが、そういう事なので、ぼたんをお借りします」

そう言うと、蔵馬はぼたんの肩をグッと引き寄せた。

素ぶりとしてはごく自然にやってのけたが、コエンマにはしらじらしく思えてならなかった。

この目の前の浮かれたぼたんと、しれっと宣戦布告をする狐が、今自分の中の怒りという感情を全てコントロールしているように思えた。

「あいにくだが、ぼたんは今日は忙しいのだ。まだまだ片づけなければならない仕事が山のよぉーに貯まっておる。今日はディナーとやらは無理だな。」
コエンマは、楽しそうにしているぼたんを横目に、容赦なく言い放った。

「えぇーっ!!あたしの仕事はもうとっくに終わったじゃないですか!コエンマさまぁ!!」
ぼたんは一瞬にして表情が一変し、「信じられない」という顔でコエンマを睨んだ。

「なぁにを言っておる。誰も終わりだとは一言も言っとらんぞ。」

コエンマはぼたんと目を合わさずに頑なに言い続けた。

「そんなぁ。そんなの酷すぎる〜。」
ぼたんは半泣きでコエンマに迫って行った。

そして「蔵馬も何とか言ってやってよ」と言わんばかりに、一歩後ろに立っている蔵馬を振り返った。

それなのに一方の蔵馬は、コエンマの発言が痛くも痒くもないかのように、いつもと変わらない涼しい顔をしていた。

「そうですか。それは残念ですね。今日は特別おいしいのものでも食べに行こうと思っていたんですが・・。」

残念がるそぶりを見せる蔵馬を、コエンマは横目で窺っていた。

「ぼたん、仕方ないですが、今日はディナーは諦めましょう。」

蔵馬は以外にもあっさりと引き下がった。

そこまで簡単に諦められてしまうと、こっちも何だか良心が痛むぞとコエンマは思ったが、その反面やっぱり安堵は隠せなかった。

「えぇー!!ヒドイじゃないかぁ!あたし楽しみにしてたのにぃ。」
そう言いながら、ぼたんだけが一人、泣きわめいていた。

「えぇ、俺もです。ですが、今日は仕事が終わるのが遅いようなので、残念ながらディナーは無理そうですね。なので・・。ぼたん。今日はうちに泊まって行きませんか?そうすれば、時間はたっぷりありますよ。俺がおいしいものを作って待ってますよ」

「えっ!!?本当かい??うん、うん!!そうするよぉ!!」
蔵馬の予想外の発言に、再びぼたんの表情が一変して、その桜色の瞳が輝いた。

それに驚いたのはコエンマだった。
蔵馬の発言に、思わず口を開いたまま放心した。

「な、お・・お前何を考えとるのだ!!泊まりだと!?そんな事は断じてならん!!!」

コエンマは興奮気味に机を思い切り叩いて立ち上がった。

「せっかく人間界に来て頂いて、あまり時間がないからとすぐに帰すのも悪いですから。」
コエンマとの温度差を承知の上、蔵馬はなに食わぬ顔で言ってみせた。

「なっ…。」
言い返そうとしたコエンマだったが、すぐにハッとして口を結んだ。

(そうだ・・。こいつはこういう奴だった・・。)
コエンマはまんまとその笑顔に一瞬騙されかけたが、じわじわと痛めつけられている事に気付き、蔵馬の本性を思い出した。

頭に血がのぼっているコエンマだったが、これ以上蔵馬の思うようにはさせたくないと思った。

「〜〜〜わかった、もうお前は上がっていい!!その代わり、必ず帰ってくるのだぞ!!いいか、必ずだぞ!!!」

コエンマはそう言って力強くぼたんを指さして念を押した。

「は・・はい・・。」
そのコエンマの圧倒的な迫力に、ぼたんは思わず小さく返事をした。





「作戦成功ですね。」
コエンマの部屋を出ると、蔵馬はぼたんの頭を軽くポンポンと叩きながら言った。

「ん〜さすがは蔵馬!ありがとッ。」
ぼたんは嬉しそうに蔵馬の腕に絡みついた。

「でも、お泊まりはなしかい?」
蔵馬の腕に絡みついたまま、ぼたんは少し残念そうに、上目遣いに蔵馬を見上げた。

蔵馬は、その少し赤く染まった頬と、潤んだ瞳に一瞬目を奪われた。
ほんの少しだけ、自分が今野生の目になっていないかと心配した。

そしてぼたんの頬に手を添え、優しくぼたんを包み込んだ。

「その顔は、ずるいですよ。俺の理性まで奪うつもりですか?」
蔵馬は優しく笑って言った。

「理性まで・・って、他に何か奪ったかい?」
ぼたんはキョトンとして言った。

「あなたは本当に困った人ですね。天下の盗賊よりも、盗むのが上手いようだ」
蔵馬はフッと小さく笑うと、ぼたんをじっくりと自分の中に取り込むように見つめた。

「・・泊まりはまた今度。たっぷりとね・・。」

そう言って、蔵馬は求めるようにぼたんに甘いキスをした。

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