novel

素敵なディナー
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それは、ある金曜日の夜の事。

蔵馬は忙しい仕事を終え、足早に家へと急いでいた。

家ではぼたんが待っていてくれる。
その顔を思い出すだけで、自然と歩く足も軽快になった。

いつもよりも遠く感じた自宅。
やっとの思いで辿り着いた家に一歩入ると、安堵からなのか、一週間の疲れがどっと押し寄せて来たような気がした。

「おかえり!蔵馬!」

とびっきりの笑顔が出迎えてくれる。
その顔をみただけで、蔵馬はその疲れも忘れるようだった。

「ただいま、ぼたん。」


疲れた身体で仕事から帰宅したが、ぼたんが沸かしてくれた風呂にゆっくりと浸かると、心も身体も満たされて行くのがわかった。

「はぁーーー。」

蔵馬は、柄にもなく、深い深いため息をついた。
もちろん、至福のため息だった。

身体を温め、頭の中を空っぽにしていると、何だかいい匂いがして来た事に気が付いた。

食欲をそそるような、そして、いかにも幸せを漂わせるような、家庭的な、おいしそうな匂いだった。

その頃キッチンでは、蔵馬に言われ、先に風呂を済ませると、せっせと夕食の支度をしているぼたんがいた。

蔵馬は、そんなぼたんの様子を想像しながら、「今日の晩御飯は何だろう」と、その匂いに浸った。





「うっ・・くっ・・」


(何だ・・?)


蔵馬が風呂から上がると、キッチンから奇妙な声が聞こえてきた。

不思議に思った蔵馬は、その声の方へゆっくりと近づくと、気付かれないように、そっと様子を窺った。

「くっ・・。だ・・ダメだ・・。ビクともしないじゃないか。何でこんなに固くしまってるんだい。」

そこには、何かの瓶のふたを必死で開けようとしているぼたんの姿があった。
料理で使いたいのか、顔を真っ赤にさせて、力を振り絞っていた。

風呂上がりでほのかな石鹸の香りを漂わせながら、トレードマークのポニーテールを下ろし、艶やかになびかせながらも、その反面、顔を赤くして必死になっているぼたん。

一緒に住むようになって初めて見られる姿の数々が、蔵馬には、とても大切なものだった。

さらに、それが自分だけが見られる特権だと思うと、優越感と独占欲が生まれた。

ぼたんの色んな表情を見たくて、気が付けば、助ける事も忘れて、思わず見とれていた。

蔵馬は慌てて、ぼたんの元に行くと、何も言わずに瓶をひょいっと取り上げ、何でもないように簡単に蓋を開けて、ぼたんに返した。

「蔵馬!」

蔵馬が風呂から出ていた事に気が付いていなかったぼたんは、戻って来た瓶と蔵馬を見て、すぐに顔が綻んだ。

「さっすがは蔵馬!あたしじゃ全然開かなかったっていうのにさ。簡単に開けちゃうんだから。」

ぼたんは目をキラキラさせて喜んだ。
蔵馬は、ぼたんの笑顔に思わず微笑んだが、すぐに視線をその先に向けた。

「何、作ってるんです?」

蔵馬はそう言って、クツクツ音のしている鍋を覗こうとした。

その蔵馬の前に、ぼたんは慌てて立ちはだかった。

「な、内緒!!」

「何で、内緒なの?」
ぼたんの俊敏な動きに、蔵馬は思わず笑って言った。

「いいからっ!」

「だって、俺も食べるのに?何で隠すんですか?」

「別にいいだろ。」

「何か、理由があるんですか?」

「・・・・なの」

「え?なんです?」

「お・・お楽しみなのっ」

ぼたんはせっかく赤みが退いた顔を再び赤くして、小さな声で恥ずかしそうに言った。

蔵馬は、それを見ると、抑えきれない感情が込み上げ、思わずぼたんを抱きしめた。


(本当に、あなたは・・。どうしてそんなに可愛いんですか)


蔵馬には、自分の為に一生懸命になっているぼたんが、可愛くて愛おしくて仕方がなかった。


「な、何だい。蔵馬。もう。あっち行っとくれよ。」

ぼたんは恥ずかしそうに言った。

「・・やっぱり、お楽しみですか?」

蔵馬はぼたんを抱きしめたまま、ぼたんの顔も見ずに、少しいじけたような声で言った。

「もう。まだ言ってんのかい?」

「少し味見させてください。」

「ダメだって言ってるだろ?我慢出来ないのかい?」

「あまりにも美味しそうな匂いがしたので、早く食べたくなってしまったんですよ。」

蔵馬は、愛おしそうに、ぼたんを抱きしめる手にぎゅっと力を込めると、そう耳元で囁いた。

「あんたって、そんなに食いしん坊だったかい?」
蔵馬の言動に、ぼたんは堪らずケラケラと笑った。

「明日は休みなんだからさ。そんなに焦らなくてもいいじゃないか。ちゃんと味わっとくれよ。」
ぼたんはそう言って、蔵馬の腕を解くと、料理に取り掛かろうとした。

「すぐ出来るから、待ってておくれよ!」


蔵馬は、自分の腕から解放されたぼたんを見ると、クスクスと笑った。


「そうじゃなくて。あなたの事ですよ、ぼたん。」


そう言って、蔵馬は、ぼたんの首筋をぺろっと舐めた。

「!!えっ・・なっ、ちょっと・・!」

ぼたんは驚いて、すぐさま自分の首を手で抑えた。


風呂上がりのぼたんの優しい香りが、蔵馬の鼻腔を刺激する。
その甘い誘惑が、蔵馬の感性も理性も、コントロール出来なくさせる。


「本当に、美味しそうだな・・。」


蔵馬は、ぼたんの髪に顔を擦り寄せ、その香りを味わった。
感覚や、脳さえも麻痺させるようなその妖艶さに、一瞬自分が妖孤に戻っているのではないかとさえ思わせた。

「蔵・・馬・・。」

ぼたんは、ピクッと少し反応すると、そのままどうしていいかわからずに、蔵馬にされるがままになっていた。

蔵馬は、身体を強張らせて動けなくなっているぼたんに気が付くと、その腕を優しく掴み、ゆっくりと少し身体を離した。

「そうですね。明日は休みですし・・。」

「ゆっくり頂く事にします。」
蔵馬は、にっこりと笑って言った。

「なっなっ・・」

ぼたんは顔を真っ赤にして、口をパクパクさせた。

「おっと。あなたの要望も、もちろん聞きますよ。安心してください。”ちゃんと、味わいます”から。」

「あたしはっ・・そんなつもりで言ったんじゃ・・!!」

蔵馬は楽しそうにしながら、ぼたんの言葉を聞かずに、キッチンを後にした。




あなたが、必死に抵抗すればするほど、俺には逆効果なんですよ。


ぼたん。

今日は 素敵なディナーに なりそうです。



蔵馬は食卓に就くと、真っ赤なバラを2本飾り、それを満足そうに眺めた。

-end-


■あとがき■
読んでくださった皆様、ありがとうございました!
今回は、ちょっと甘めのお話です。

でも、やっぱり、どうしても蔵馬が攻めてしまってます(笑)
今回もDiaryに、この話を書いたきっかけなど、あとがきを載せておりますので、宜しければそちらも合わせてご覧ください(^^)



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