黒子のバスケ

□歪んだ想いと心の欠陥
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「ストーカァー?黄瀬がぁ?物好きもいるもんだな。」

部活も終わり、着替えながら部室で無駄話をしていた青峰は黄瀬のストーカーの話を聞き、そう宣った。

「酷いっスねーこれでも人気あるんスから。」

「けっ、てめえはそんな片手間にやってっから俺様に勝てねえんだよ。ストーカーなんかほっときゃ愛想つかしてなくなる」

ストーカーされたこともないのに言ってくれる。
だが青峰のその言葉に反論したのは黄瀬ではなく、黒子だった。

「そんな簡単な話じゃないんですよ。電話とかメールとかも知られて…」

「いいっスよ黒子っち。電話とかメールは電源切ってればいいだけだし、青峰っちの言う通り、すぐ無くなるっスよ」

どこから仕入れたのか、既に黄瀬の携帯番号もアドレスも知られていたらしく、あの手紙を受け取って以降いつでもどこでも引っ切りなしに携帯が鳴っている。非通知にされていては着信拒否もできず、ただ携帯の電源を落とすしか手はなかった。

あれ以降も写真は送られてくるし、メールとは別に手紙も付されている。

「そろそろ帰りましょうか。」

黒子のその一言で、揃って部室を出る。

黄瀬は事務所に寄っていくと告げ、一人で帰路に着いた。
本当は、今日はもう仕事も無く事務所に寄っていく用などない。

「家まで知られてんじゃなあ…」

最近では、家のポストにまで手紙や写真が投函されるようになった。時にはインターホンまで鳴らされ、黄瀬が出るまで鳴らしつづけるのだ。

だんだん、エスカレートしている気がする。

だがそれを黒子に知られるわけにはいかない。

前までは一緒に帰るついで、黒子を家に引っ張り込むことも稀にあったのだが、最近ではそんなこともめっきりなくなってしまった。

黄瀬が相手を恨めしく思うのはその点だけだった。他に思うところは、特にない。
ストーカーというのは大体にして相手にずっと自分のことを考えていて欲しいという欲求から行為に走る。確かにその面では、ストーカー行為はこれ以上ないほど効果的だろうが、こと黄瀬に関してはそうでもない。

いつでもどこでも黄瀬は黒子のことしか考えておらず、ストーカーになど何の感情も抱いてはいない。

つまりは、黄瀬に何をしようが全て無駄。自分が黒子以外に関心することなど有り得ないのに。

そうこう考えている内に自宅のマンションに着き、郵便受けを覗くと予想通りというか、今日も今日とて分厚い封筒が入っている。こう毎日では直接投函しているらしいので切手代はまだしも、現像代だって馬鹿にならないだろうに、と悠長なことを考える。

「っ…やっぱり、」

唐突にそんな声が聞こえ、すぐにその声の持ち主が誰なのかはわかったがあまりにも彼のことを考えすぎているためについに幻聴でも聞こえるようになったのかと疑った。

しかし続いた言葉に、幻は消え去る。

「気付かないとでも思ってましたか、黄瀬くん」

少し怒気を含んだ声は、幻聴であるならわざわざ聞きたいものでもない。

振り返り、彼の姿を確認する。

「黒子っち…何で?」

「毎日毎日仕事だって言われたらわかります。もう少し何かないんですか?
――…君は、本当に馬鹿ですね。」

「!…いや、だって、大したことないのに心配かけたくないし…」

噛み合っていないことは承知で言い訳を並べる。

「何処がですか。大したことない?もう、家も知られてるんでしょう。」

「それは…でも、別に何かされたとかじゃない…」

「されてなくても、そんないつでも監視されてるような生活がストレスにならないわけがないでしょう。」

いくら黄瀬くんでも、と、小さな厭味も込めつつ黒子は睨んでくる。
そして、それ以上反論できない黄瀬に大きく溜息をつき、

「…しばらく、うちに来て下さい。」

「え…!?いやいいっスよ!!そんな迷惑かけらんない…!」

「迷惑とか言ってる場合じゃないです。いいから早く荷物纏めてきて下さい。」

言いながら黄瀬の背中を押す。黒子の力で押されてもどうということはない、しかし逆らえないから困る。

「あの…っほんと俺なら大丈夫っスから!気にしなくていいし…」

「無理です」

こうなってしまってはもう、黒子は梃子でも動かない。
しかしだからといって黄瀬もこれだけは譲れないのだ。

もし、黒子の家までばれてしまったらと考えるととても行けたものではない。
「いやでもやっぱり…黒子っちの家にそんな迷惑…」

「わかりました。そんなに気にするなら
僕が黄瀬くんの家に行きます。」

一瞬、黒子が何を言っているのか理解できなかった。だがその言葉が脳に届いた瞬間、とんでもないと全力で拒否していた。

「っだ、駄目っスよ!!そんなの絶対ダメ!!!!」

「じゃあ黄瀬くんがうちに来て下さい。」

そんな二者択一はないだろう。どちらを選んでも結果黒子を巻き込んでしまうし、だからといって選ばないことは当の黒子が許してくれそうにない。


それなら―――


「――っ…わかった、黒子っちの家には、行けないから……」

「じゃあ僕が黄瀬くんの家にお邪魔します。」

それしかない。どうしても、黒子の家を知られるのだけは避けたい。

これでストーカー行為がエスカレートしていることを黒子には否応なしに知られてしまうが、それはもうこの際話してしまった方が寧ろ余計な心配をかけなくて済むだろう。

いつまでも隠しておけるものでもない。何より黒子が許してくれるはずもない。

そう、腹を括って黒子を家に招いた。

「お邪魔します」

「ちょっと汚いっスけど、上がって。ゴメンね」

「いえ、僕が突然押しかけたんですし…」

恐縮したような態度でリビングのソファに腰を下ろしている姿は妙に小さく見え可愛かった。

「はい、ゴメンこんなものしかなくて。」

炭酸飲料を注いだコップを黒子の前に置く。
露が落ちるのを見てから、黒子はそのコップを手にした。

「ありがとうございます。」

「…心配かけてごめん、でも、ほんとに平気っスから…」

どうにか黒子を遠ざけようと口にしたことだったが、そんなことが物も言わずに伝わるはずもなく黒子は瞳に沈んだ色を覗かせて俯いた。

「迷惑、でしたか。…すいません、」

「違うっスよ!そうじゃなくて…っ」

「でも、心配するに決まってます。…僕は何なんですか。いつもはあんなにうるさいくせに肝心な時には何も話さない。そんなんで、僕を好きだって言うんですか。」

コップを握る手が震えていた。
けれど、声には寧ろ怒りが色濃く見える。

「…好きだよ。だから嫌なんスよ。俺のせいで黒子っちに迷惑かけるのが…」

「!…そんなことですか…?」

意を決して言い出したと言うのに、黒子は目を丸くしてそう言った。

「そんなって…」

「……迷惑…?ふざけないで下さい。そんなの今更気にすることですか?迷惑なんて今までどれだけ掛けられてきたと思ってるんです。」


脱力したようにソファに背を預けて、呆れ返った顔で立ったままの黄瀬を見上げてくる。

「………しばらくお邪魔します。たまにはいいでしょう、僕が黄瀬くんに迷惑掛けても。」

先程の怒りに震えた声は何だったのか、しらっとした顔でそんなことを言ってのける黒子には、きっと一生勝てないのだろう。

「迷惑じゃないっスけど、そういうのもいいかもね」

少しだけ笑って黒子の隣に腰を下ろし、黒子の小さな頭に頬を寄せて自分より一回り小さな身体を抱きしめた。
嫌がられたらどうしようと内心ビクビクしていたが、溜息をひとつついただけで許してくれた。

「あ、家に連絡いれなくていいんスか?」

「大丈夫です。黄瀬くんはどうせ大人しくうちに来るなんて言わないと思ってましたから、もしかしたら黄瀬くんの家にお世話になると言ってあります。さすがに何日も連絡しないわけにはいきませんけど、とりあえず今日は大丈夫です。」

そこまで見越されていたのかと驚きつつも、黒子がそんなに自分のことを考えていてくれたのかと思うとつい頬が緩んだ。

実際には、黒子が思っているほど黄瀬自身参っている訳ではない。
黄瀬にとってはストレスを感じる程「彼女」に気持ちを傾けてはいないのだ。
ひたすらどうでもいい。

「黒子っち、今日何食べたい?俺作るよ」

「何でもいいですけど…黄瀬くん料理できるんですか?」

「うん、一応一通りは。」
中学生男子にしては充分な腕前だという自負はある。

「じゃあ…黄瀬くんの得意料理がいいです」

黄瀬の腕の中に収まったまま、そんな可愛いことを言ってくれる。
さすがにいきなり襲い掛かったりはしないが、心境的には似たようなものだった。

「っわかった!じゃあちょっと待ってて。」

名残惜しさを決死の思いで振り払って黒子を腕の中から解放し、最近使用頻度が減っていたキッチンに立つと、丁度ソファに座った黒子の白い項が見える。
煩悩を刺激するその景色もなるべく視界から外し、久々に握った包丁に意識を集中させた。


得意料理といっても所詮は冷蔵庫の余り物でパスタを作るくらいしか出来なかったのだが、味は悪くなかったので良しとした。黒子も、表情に変化はなかったけれどそれはいつものことであり、何はともあれ美味しいと言ってくれたのでよかったのだろう。

夕食を終え、特に何をするでもなく10時を回ってしまった。

「黒子っち、先風呂入っていいスよ。着替え用意しとくから」

「はあ、すみません。」

「気にしないで。俺も黒子っちの残り湯で楽し…」「お先に失礼します」

冗談のつもりだったのだが、黒子に冷たい視線を投げられて黄瀬も今ようやくその事実の重大さを理解した。

――やばい

何て馬鹿なことを言ったんだ。自ら墓穴を掘ってどうする。もういっそその墓穴に埋まりたい。
自分でも何がなんだかよくわからないことを考えている自覚はあったが、それより黒子の残り湯でどうやって平然と風呂に入れというのだ。

こう意識していては黒子に変な目で見られてしまう。
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