黒子のバスケ

□エゴイスト
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「…ほんとに来てくれたんスね」

一瞬目を合わせた後、すぐに逸らして微笑む。

「来てと言ったのは黄瀬くんじゃないですか」

「はは、まあそうなんスけどね。黒子っちが来てくれるかどうか不安だったから。」

そんなことを言いながら心底嬉しそうな顔をするものだから、部活で来たとは言えなくなってしまった。部活で見に来ることがなかったら一人でも来るつもりだったが、結果的にはこれは部活動の一貫にである。

黄瀬は黒子のために青峰と闘うと言ってくれたのに、来ない訳がない。
見届けない訳にはいかない。

青峰に勝つということはつまり――

「ごめん、もう行かないと。」

「!あ、はい…頑張って下さい。」

「ん、ありがと。…覚悟はあるんスよ、これでもね」
「っ!」

「じゃあね!…勝っても負けても、終わったら連絡するっスから」

言い終えると黒子からのそれ以上の言葉を避けるように小走りで控え室に戻って行った。

† † †

黄瀬はわかっていた。
青峰に勝つ、その意味。
必要なこと。
そして、覚悟もあると言った。

青峰を越える、

青峰に憧れるのをやめる―――その覚悟。

憧憬の代償は無償の愛。

青峰は陳腐だと笑うだろうか。

けれどそれは黄瀬にとって、黒子にとってあまりにも重い。

――黄瀬が得るものは何もないのだから。

黄瀬にそこまでさせる価値が自分にあるのか?
今の「黄瀬涼太」を形作ったモノを奪う権利が自分にあるのか?

とめどなく溢れてくる答えの出ない反問を繰り返し、その場で蹲った。

黄瀬が青峰に勝ったなら、黒子の不安はなくなるかもしれない。
そうでなくても青峰が黄瀬のことを認めたなら、或いは。

それでいいのか、黄瀬と青峰が闘うのを見ているだけの自分が1番の安寧を得ていいのか。


いくら考えても、答えは出なかった。


† † †


「どこ行ってたんだよ。いきなりはぐれやがって」

「すいません」

文句を垂れながらも黒子の分のスポーツドリンクを買っておいてくれたらしく、手渡してくる。

「ありがとうございます。」

素直に礼を言って受け取ると火神は照れたように不機嫌な顔をして前を向いた。


† † †


第3Qが始まると、途端に試合は動いた。

「――!!」

黄瀬の動きが明らかに変わる。

――それは彼が憧れ、焦がれ続けたその人のプレイスタイルに酷似していた。

「黄瀬くん…、」

「おい、あれ…」

「はい、黄瀬くんがやろうとしているのは…青峰くんのコピー…」

――覚悟。
彼は憧れを捨てた。
憧れるのではなく、越えようとしている。

キセキの世代絶対的エースを。
黒子のかつての『光』を。彼自身の絶対的存在を。



…そして、

『試合終了―――!!』


―――黄瀬は、負けた。

海常の選手達が控え室に戻っていく中黄瀬はひとり青峰のもとへ行き、二言三言交わすと他の選手達に続いた。
たった一瞬、彼は黒子に目を向けた気がした。



ピリリリリピリリリリ…

「…はい」

『黒子っち?』

「はい…」

『ごめん、負けちゃった…っ、ごめんね。』

無理に笑顔を浮かべているのが容易に想像できる、明るくて、なのに震える声で告げる。

「青峰くんと、何話したんですか。」

『見てたんスか…』

言いながらも声音に驚きは滲んでいない。
大方、予想していたのだろう。

『後で、さ…三人で話そうって。』

「…そうですね。その方がいいです、ちゃんと…決別しないと…」

『え…っ?黒子っち!?今何…』

ブツッ

黒子の言葉を聞き咎めた黄瀬が何か言うのを今度は黒子が避けるように強引に通話を切った。
そして、再び黄瀬からの着信が来る前にとすぐさま青峰の番号を呼び出し、発信ボタンを押す。
ワンコールで青峰は出たが、ほぼ同時にキャッチを知らせる電子音が鳴った。このタイミングならおそらく黄瀬だろう。
ぎりぎりセーフと内心安堵する暇もなく、こちらから掛けたにも関わらず青峰からの先制が鼓膜を震わせた。

『テツ、今何処だ?黄瀬も呼ぶからお前もすぐ桐皇の控え室まで来い。場所わかるな?』

「はあ…」

『おし、とっととしろよ。じゃあな』

ブチッ…ツ―ツ―ツ―…

「…」

黒子から掛けたはずが、黒子が用件を告げる間もなく通話が切られてしまった。全く以って青峰らしい。用件は向こうから済ませてくれたので問題ないが、すぐに行かなければ何を言われるかわからない。彼は傲岸不遜さなら誰にも負けない帝王だ。

ひっきりなしに着信する携帯はひとまず無視して
記憶を頼りに小走りで青峰が待っているはずの桐皇の控え室に向かった。


† † †


「テツ、おせえよ」

電話の後まっすぐに走って来たというのにこの言い草。だが彼は黒子のためにこの場を設けてくれたに違いないので口をついて出そうになったそんな文句も抑える他ない。

「黒子っち!さっきの何!?何スか決別って…!?」
控え室に設置されたベンチに座っていた黄瀬が扉の前から動かない黒子に詰め寄ってくる。

やっぱり好きだなあと、今更に思った。
だからこそ、

「そのままの意味です。黄瀬くんは負けた。だから別れるんです」

負けた、と口にした瞬間黄瀬がきゅうっと眉間に皺をよせ柳眉を下げるのを見て黒子も心臓の辺りにキンと嫌な痛みが走るのを感じた。
傷口を抉るようなことはしたくなかったけれど、言葉がわからない。
こんな時ばかり上手い言葉が見つからない己が恨めしい。
何より、黄瀬を悲しませることしかできない自分が嫌で仕方ない。
自分が何をしても結局彼は傷付く。

「何でそうなるんスか?青峰っちが認めてくれないとダメなの?何で?」

そうじゃない。青峰は黄瀬を試しただけなのだ。
黒子のために憧憬を捨てられるなら、黒子の不安はなくなると。

「違います。青峰くんが認めてくれるとかくれないとか、そんなことじゃないんです。」

「じゃあ何?!」

「…黄瀬くん、君は
青峰くんへの憧れを捨てちゃ駄目なんです。」

「!?何?それ…」

二人のやり取りを見守っていた青峰が腰を上げる。

「…認めてやるよ。黄瀬のこと」

そう、黒子に向かって言った。
わかっている。黄瀬が青峰を越えようと覚悟を決めた時点できっと彼の中で黒子が抱えた不安はなくなったのだ。

「テツ、こいつは決めたんだよ。オレへの憧れなんかよりテツを選ぶって。だからオレは黄瀬を認めてやんだ。負けたかもしれねえけど、こいつはオレを本気で負かそうとしてきた」

黒子に詰め寄る黄瀬の肩を強めに叩いて黄瀬を激励する彼はもう黒子のために動いてはくれない。

そうじゃない。
そうじゃなくて
黒子が思うのはもう不安とかそんなことではない。
自分勝手な不安や疑心は個人の問題で、黒子ひとりそれを隠し通せばどんな思いをしようが構わないとすら思う。

青峰のおかげで、黄瀬がいつ離れていってしまうかが怖いなんて不安はなくなった。
けれど、じゃあ、
黄瀬が黒子のために何かを投げ出してしまうのだとしたら?
黒子ではなく、何か他のものを捨ててしまう。
他の何よりも黒子を選んでくれてしまう。
一度心を赦しきった人には一種異様なほどの執着を見せる彼は、今黒子にそれを向けている。

――それだって、黒子にとっては同じくらい辛い、怖いことなのだ。

自分のために他人に何かを捨てさせるというのは、
――重すぎる。

「黒子っち、何でそんなこと言うんスか…?俺のこと嫌いになった?もう要らないの?」

肩に受けた衝撃など気付いてすらいないような彼は、ただ黒子の言葉が信じられずに肩を痛いくらいの力強さで掴んでは揺さ振る。
手加減なしに掴まれた肩はギリギリと刺すような痛みを伴い、その痛みは黒子の心までもを浸蝕し、それでもその手を振り払うことなどできなかった。
この程度の痛みは、きっと黒子が与えた彼の痛みに比べれば甘んじて受け入れるべきものだ。

「…嫌いとか、そういうことじゃないです」

寧ろ、そちらのほうがよかったのかもしれない。
嫌いになれたらよかった。
嫌いになんてなれないから、彼が何かを捨てていくのが怖いのだ。いっそのこと嫌いになれたら、彼が自分のために何かを捨てていくのをただ単にそれを「愛」だと見ていられたかもしれないのに。

嫌いになんて、させてくれないのは黄瀬の方だ。
なのに彼は非情にも、嫌いになったのか、なんて黒子には答えられるはずもないことを問うてくる。

「じゃあ何で!?そうじゃないなら…っ何で別れるなんて…!」

その綺麗な顔を涙でぐちゃぐちゃにして懇願する彼は、『別れ』に対して異常な恐怖を感じている。
それは、中学時代に一度黒子との別離を経験したからだ。
全中3連覇を果たした後、誰に何を告げることもなく『彼等』の前から姿を消した黒子。
その時彼が味わっただろう空虚と絶望、喪失感、そういうものを、きっと彼は黒子と再び相見え、昔とは違う関係を築いた今でも忘れられていないのだ。
それ程に深い闇を、黒子は黄瀬に作ってしまった。

「だからですよ…っ」

「お前が何考えてんのかわかんねえよ、オレには」
青峰が投げやりにベンチに腰を下ろして苛立ちを滲ませる。
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