短編集
□看病
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……体がだるい。とにかくだるい。
枕の上に置かれた頭が、鉛のように重かった。
おまけにズキズキという痛みまである。
だるさと頭痛で私の視界はくらくらとゆれ、自分の部屋の天井が少し霞んで見えた。
「うぅ……」
口から嗚咽がもれる。
ズキズキという痛みで、いまにも頭が割れそうだった。
あまりの痛さに、しめった両手をぎゅっと握りしめる。
不意に、右手にひんやりとしたものが触れた。
「……ホンマにつらそうやな。大丈夫か?」
「ん…、蔵……ノ…介……」
大丈夫、と答えようとした唇から、それの邪魔をするかのようにかすれた咳がもれる。
彼はそんな私を見て、ふぅ、とため息をついた。
「大丈夫……じゃなさそうやなぁ、これは」
「うぅ…」
「熱は測ったか?」
「…38.7度だった……」
「うわ、それはアカンわ。もう少しで39度やん」
そう言って、彼は私の顔に手をのばす。
大きくて優しい手が私の額をつつんだ。
いつもは温かいその手が、今日はひんやりと冷たくて心地いい。
「ふふ……。蔵ノ介の手がひんやりしてる……」
そう言うと彼は少しだけ目を見開いて、ふっと細めた。
「それだけ自分の体が熱いっちゅうこっちゃ。……いつもは綾より俺のほうが体温高いからなぁ、なんか不思議な感覚やな」
はは、と彼が少しだけ肩をゆらして笑う。
私も彼につられて、小さく微笑んだ。
……しかし次の瞬間、はた、とある事に気づいて、その笑みが凍りつく。
「あ……っ!?
やば、蔵ノ介っ!!」
「え!?」
がばっ、と私は上半身を勢いよく起こす。
その突然の行動に、彼の肩がビクンと跳ねた。
「ちょっ!?どないしたん、そないな大声出して!?」
「……や、やばい」
「だ、だから何がやねん」
「こっ……、このままじゃ」
「…このままじゃ?」
私は真顔で口を開いた。
「蔵ノ介に風邪がうつるかも」
「………………ぶっ」
「ぇぇぇえ!?なんで笑ってんの!?」
「だっ…だって……、めっちゃ真顔で何言い出すのかと思ったら……な、なんだ、そんな事かいな…と…」
あはははと、腹をかかえて彼が笑う。笑いすぎて、目じりに涙までたまっていた。
……そんな彼を見て、私はポカーンとするばかりで。
そんな私に、彼は長い指で涙をはらいながら口を開いた。
「アホ、当然わかっとるでそんな事」
「じゃ、じゃあどうして私の看病を」
それを言ったら、今度は呆れたような顔をされてしまった。
「……そりゃあなぁ自分、可愛い彼女に弱々しい声で電話越しに、『風邪ひいちゃった……』なんて言われてみ?心配になるに決まっとるやん。
しかも今日は、両親が夜まで帰ってこんって言っとったな?自分、兄弟おらへんし、看病すんの俺しかいないやろ?」
「…………」
「ちゅーか俺がここに来た時点で、もううつること覚悟してるって普通気づくと思うんやけど」
「いや全く。てかうつるからもう帰ったほうが、いや帰って下さい」
「うーわー、それも今更やなー。普通は俺が玄関にきた時点で『うつるから帰って!』やろ。まぁ絶対帰らんけども」
「……なんか私の看病させてごめん。帰っていいよ」
「…俺の話聞いてたかい姫サン?帰りたいなんて言ぅとらんで、絶対帰らん言ぅたんや。
……前から思ってたんやけど、ホンマに天然…いや、ここまでくるとアホやな」
はぁ、とため息をつく彼。
……でもその顔は、とーっても優しくて。
「……綾」
「うん?なあに蔵ノ介?」
声をかけてきた彼は、ほんの少しだけ頬が赤かった気がする。
「もし、俺が風邪をひいたら…
……その時は、自分が俺を看病してくれるか?」
それを聞いた私は、
目をぱちくりとしばたかせ。
そのあと、ふっとほほえんだ。
――――そんなの、答えなんて決まってる。
「やだ」
「Σえ!?」
「あはは、冗談。いいに決まってるでしょ?
むしろ喜んでやってあげるよ、蔵ノ介になら」
――――そう、大好きな貴方のためなら――――
「いくらでも看病してあげるんだから!」
おまけ(?)
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綾(あ、いつのまにか頭痛治ってる……って、ちょっ、蔵ノ介どうしたの!?)
蔵(…………頭、痛ぅなってきた)
綾(えぇ!?マジでうつっちゃった!?)
蔵(なーんちゃって。嘘や。治って良かったな、綾!)
*