短編集

□いい加減気づけや。
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「おかしいなぁ……」

自分のロッカーの中を、俺はひたすら探し続ける。



部活が終わって随分経つ今、部室にいるのは自分だけだ。

いつもなら帰る時間が一番か二番の俺やけど、今日は別。



……理由は、探し物をしているからだった。




「部活ん時はあったんに、何処いってもうたんやろ……」


もともと俺のロッカーには少しの所有物しか入っていない。

これだけ探してないということは、ロッカーの中にはないのだろうか……。




――――どないしよ、明日探すことにして今日は帰ろか?




「あー、でも携帯はないと不便やしなぁ……。ホンマどこいったんやろ……」


バタン、とロッカーの扉を閉め、ベンチの上に置いてあったラケットバックをひっつかんで自分の方へ引き寄せる。

ゴソゴソと中をかき回して探してみるものの、いっこうに携帯の姿は見当たらない。

再度制服のポケットというポケットに手を突っ込んでみても、それは同じだった。



「……真面目にどないしよ」



考えられる所は全て探した……はず。

なのに無いとはどーゆーこっちゃ。

…もしかして逃げた?んなアホな。







「……はぁ」

思わずため息が唇からこぼれる。





……そしてそれと同時に、冬の冷たい風が不意に頬をなでていった。

その次に聞こえた少し高い親友の声に、俺は顔を上げてドアの方を見る。



「う〜っ、寒いーーーっ!!」


そこに現れたのは、四天宝寺中の制服を着て、左手に部誌を持った少女。

そしてその少女は俺の姿を見るなりめっちゃ驚いた顔をして、次の瞬間、パワフルなくしゃみをかましやがった。


「ティ、ティッシュ……」

「…………ほれ」


両手で鼻を押さえてこちらを見る彼女に、俺はポケットティッシュを上投げでゆるく投げてやる。

ぱすっと軽い音がして、それは額に直撃。

落ちてゆくそれをあわあわと少しの間お手玉し、彼女はやっとそれを捕まえた。




「とれた!」

「…はいはい良かったな。ちゅーか嬉しそうにこっちを見る前に、寒いからさっさとドアを閉めてくれへん?」

「あ、そうだったそうだった、忘れてた!」



そう言ってドアを閉め始める、ド天然マネージャー。

この振舞いが演技だったらもの凄くウザったいのだが、コイツとなんだかんだ仲の良い俺はこれが素だという事を知っている。



……あと、むちゃくちゃ鈍感だということも。








単刀直入に言うと、俺は彼女――――綾の事が好きだ。

だから、俺なりにアピールだってしてる。



……だけど、全っ然気づいてくれない。

めっちゃ鈍感なのは知ってた……けど、これ程までとは、と毎回毎回思わせられる。



面と向かって“好きだ”と言えば(多分)気づいてくれるだろうけど……、生憎、俺はそんな性分じゃなかった。








「……ってか光まだ帰ってなかったんだね。いつもならさっさと帰っちゃうのに珍しい。何かあったの?」

鼻をかんだティッシュをゴミ箱に投げ――――……たが入らず、結局拾って捨てた綾がこちらを見てそう聞いてくる。


探しモンしてんのや、と返すと、小首を傾げて“何を?”のポーズ。



「……携帯」

「…うわ、大事な物なくしたね」




再びラケットバッグの中を探し始めた俺を見て、綾が苦笑する。



そして何を思いついたのかいきなりばっと顔を上げると、スカートのポケットから携帯を取り出した。



――――……まさか、



「ね、これって私が光の携帯に電話すればいいんじゃない?うん、私天才かも!」


キラキラと目を輝かせ、今にも通話ボタンを押す寸前の綾。

確かにナイスアイディア。天才かは知らへんけど、とにかく良い方法だとは思う。……思うけど!




「ちょっ、待っ……、やめ…………っ!」


それを全力で止めようとしている俺がいた。


しかしそれも虚しく、耳に届くポチリという音。


え?どうしたの?なんて今更言われてももう遅い。




しばらくして流れ始めた着信音に、じわり、と顔が熱くなっていくのが分かった。





「…………あれ?光、着信音変えた?
 ……っていうか曲の趣味……、随分変わったね、ビックリ」


……綾が驚くのも当然だ。



今流れているのは、気持ち悪いほど好きだの愛してるだの傍にいてだのを連発している、ベッタベタの恋愛ソングなのだから。



「…………変わっとらんよ」

「いやいや変わってるでしょ。だって前は曲ですらなかったし。ほら、あの、プルルルルってやつ」



「……やって、お前のだけやし」

「へ?」










「せーやーかーらー!お前から電話がきた時だけこれが流れるようになっとるんやってば!!」









…………うわ、言ってもうた。




ちらりと綾の顔を盗み見れば、むちゃくちゃ驚いた顔で、こちらをまじまじと見ている。







……さすがにあの綾でもこの意味に気づいてもうたかな…、いや、でも超鈍感なアイツやし……、ギリギリでセーフ……。



なんて思った、その矢先。

おずおずと遠慮がちに聞こえてきた声に、俺の体が硬直した。





「光……、もしかして……さ」



……アカン。バレたか。
…でも逆にそれをチャンスにコクるっちゅー手も……、ってああーっ、無理や、いくら俺でも心の準備っちゅーモンが……っ、



……けれど、綾の声は止まってくれない。



「もしかして私が――――……」



そっぽを向いたまま、俺はぎゅっと目をつぶる。

…そして、次の瞬間。














「私が、この曲が好きなの知ってたから着信音にしてくれたの!?」










…………………………………は?








……耳に届いたのは、一欠片も予想していなかった言葉。





おそらく、こんな珍回答をするやつはこの世でコイツだけだろう。






…ってか、相手が好きな曲を着信音にするって……、……なんかごっつ綾らしい考えやわ……。




「…………はあ」

ため息をつくと同時に、体から力が抜けていくのが分かる。



…なんだか、さっきあんなに緊張した自分がアホらしい。

アホらしすぎて、悲しくさえなってきた。



「……せやったな……。お前はそういう奴やったな……」

「え、えぇ!?ちょっと光、なんでそんなに脱力してんの!?私そんなヘンな事言った!?」

「言ぅたわアホ……」

「うぇえ!?」



見れば、真面目に驚いている超鈍感な想い人。

これを素だと知っているから、余計に力が抜けてしまう。



「……なぁ、ホンマに気づかへんの?」

「だから、気づくって何に!?」

「……………もーええわ。決めた」



……こうなったら、玉砕覚悟で気づかせたる。

もうこれ以上我慢なんて出来へんもん。
















「…えっ、ちょっ……!?どっ、どうしたの光!?」


綾の狼狽する声が、すぐ耳元で聞こえる。

「…っさいわ、気づかないんが悪いんよ、馬鹿」

俺はそっと吐息がかかるほどに耳に唇を近づけ、小さくそう囁いた。




――――……なぁ、いい加減気づいてぇな。




綾をぎゅっと抱きしめている腕にさらに力を込めて、俺は心の中でそっと呟いた。





















(……光って、そんなに寒がりだったっけ?)

(…………まさか、寒いから俺がお前の事抱きしめてるとか思っとるん?)

(え?違うの?)

(…………好きだから抱きしめてるっちゅー健全な考えをしろや、ボケ)

(ああーっ、なるほど……って、ええぇええ!!??)

(……お前、一回病院行けや)





〜end〜
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