短編集

□一つの、水筒
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夏の暑い日差しの下。部活の休憩時間。


俺達はいつもと同じように、他愛のない話をしていた。

隣にいるのは、笑顔が弾けるように明るいマネージャー。
そしてその少女は、幼馴染でもあり恋人でもある大切な人。


「相変わらず今日も暑いね〜」

そんな彼女が眩しそうに空を見上げて苦笑した。


「せやなぁ」

「ちゃんと水分補給しとる?」

「もちろん。さっきこれをがぶ飲みしたの見とったやろ」


そう言って、手に持っている2リットル入る水筒を持ち上げる。

それを見て、綾がくすくすと笑った。


「せやったな。がぶ飲みしすぎてむせとったっけか。落ち着いて飲めばええのにね、まったく」

「やって、のど乾いてたんやもん。しゃーないやん」

「せやかて、あんな早よ飲むことないやろ?」

「浪速のスピードスターは飲むのも速いっちゅー話や」

「ええー?なんやソレー?」


白のサンバイザーをかぶり直しながら、ぷっと吹き出す彼女。

そして、笑ったままそっと優しく俺の手から水筒を取り上げた。


「?」

「あ、やっぱり。あんなにアホみたいに飲んどったから結構減っとるかなぁ思たんだ。
 足しといてあげるよ。…よっこいしょっと」


なにやら少々オバサン臭いように思えるセリフを口にし、ぴょんとベンチから立ち上がる綾。


「え、…ええの?」

そんな彼女にそう聞くと、にっこりと笑って「もちろん」と頷いた。


「だって、部で買ったスポーツドリンクを水筒に移すだけやし。しかも部室すぐそこやし。それに謙也は練習で疲れとるやん」

「あーいや、まぁそうなんやけど。でもやっぱ悪いから自分で行くわ」

「いや大丈夫。ええから座っといて」

「えー…」


綾の優しい笑顔を向けられて、何となく反論出来なくなってしまう俺。


…もうここはお言葉に甘えてしまおうか。




と、思ったその矢先。



「…えーっと、そのかわりって言っちゃあなんなんやけどさ…」


少しモゴモゴと彼女が口を開いた。
それに、俺は首を傾げて続きを促す。

……綾の頬がほのかに赤く見えるのは、俺の気のせいだろうか?



「…今日暑いやん?」

「うん」

「だから汗かくやん?」

「うん」

「汗かくと体の水分減るやろ?」

「せやなぁ」


「…だから私、今めっちゃ喉乾いてんねん」

「…ああ」




無駄に遠まわしなその言い方に、俺は思わずぷっと吹きだしてしまった。


……最初から飲んでいい?って聞けばええんに。



「意外と綾ってシャイなん?」

「べっ、別にそんなことないわ!」

「顔、赤〜」

「〜〜〜〜〜っ…」


むっと拗ねた顔をする、彼女。
そんな顔も可愛くて、はははと俺は朗らかに笑う。



「飲んでええよ、もちろん」

「へ?」

「へ?ってなんやねん。
 俺の水筒、飲んでええよって。喉乾いとるんやろ?」


そう言ったら、ぱちくりと目をしばたかせて、それから嬉しそうに少しはにかみながら彼女が笑った。





一つの、水筒



(間接キスになるって事、分かっとる?)

(当たり前やん)

(あと、“水筒”は飲めへんよ?)

(……水筒の、な・か・み、飲んでええよ)

(あはは、おおきに!)






〜end〜
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