ネウヤコ小説

□無くなった心
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ねえネウロ。

私、

あんたに
ひどいことしかされなかった気がする。


最初から

最後まで。


あんたが私に優しかった覚え

おかしいな

まったくない。


殴るし。

踏むし。

首絞めるし。

投げられるし。

罵詈雑言すごいし。

靴舐めろとか言われるし。


なのに

なんで私

あんたのそばにいたのかな。


なんでそれなりに

笑ってたのかな。


なんでそれなりに

楽しかったのかな。


あんたから得たものなんて

凄まじい忍耐と

ちょっとやそっとじゃ動じない心臓と

なんとなく無敵な気がする度胸しかない。


それが今の私を

動かしてる。


ねえ、ネウロ。


あんたがいなくなってから

たくさんの人と会ったよ。

たくさんの人と話したよ。

たくさんの人の想いを見たよ。


私はあんたと最後に話したときより

きっと

すごく

進化したよ。


でもね

ときどき

すごく淋しいんだ。


ねえネウロ。

私、

あんたに
ひどいことしかされなかった気がする。


最初から

最後まで。


あんたが私に優しかった覚え

おかしいな

まったくない。


なのに

そのあんたが隣にいないことが


ときどき

ほんの少し

本当に

ほんの少しだけれど


辛くて

どうしようもなくなるんだ。


あんたと会ったとき

あんたのことなんて

どうでもよかった。


それはきっと

あんたもだよね。


あんたといて

あんたのこと嫌いになったこともある。


それはきっと

あんたもだよね。


なのに


あんたがいなくなって

心の半分くらいちぎられたみたいに感じる。


それは

あんたも

なのかな。


こうして

飛行機に乗って

私はまた新しい進化を探しに行く。


海にも

空にも

溶けないこの心は


名前をつけるなら

何に

なるのだろう。


わからない。


わからないし

わかっちゃ
いけない気がする。


わかってしまったら

泣いてしまうから。


わかってしまったら

あんなに忌々しかったあいつの

あの

靴の裏でさえ


見たくなってしまうだろうから。


そうちょうど

この窓に張り付いている

この靴の裏みたいな…





………。





靴、の…裏?





靴?





裏?







感傷的だった心が

一気に冷える。



まさか。

まさか。

まさかという言葉とともに
冷や汗がありえない量ででてきた。





「…さあ、目覚めの時間だ」





そこには

会いたくて

会いたくて

ほんの少し会いたくなかった笑顔が

いた。





「脳髄の空腹が…この世界を再び求める」





奴の右手が

うずくようにゴキキと準備運動をした。





「この『謎』は…」





その手が

私に向かって

のばされる。


私と奴を隔てる

窓というものを破壊しながら。





「吾輩の舌の上だ」






ちょ




ここ





上空ーーーーーーーーッ!!!!






破壊音は風の音にかきけされた。

いや
私には聞こえなかっただけかもしれない。

とりあえず
痛かったから。


…頭が。




「久しぶりだなヤコよ。懐かしい感触だ」




がっしりと私の頭をわしづかみにして宙ぶらりんにしながら、魔人は快活に笑った。


「脳の大きさも重さもさほど変わっていないようだな。実に持ちやすい」

「そう…なによりだよ…」


魔人…ネウロは
いつもながらまっとうな外道だった。

再会の感動なんて
あるわけがなかったんだ。

こいつには。


「体も別段成長してはいないようだな。とくに胸部は退化している」

「失礼極まりないことを言うな!!」


減ってはいない。

増えてもいないが。

それに少し背は伸びたのだ。

髪だって。

こいつにはそれがわからないのだろうか。


なんだか
腹がたつ。


ムスッとしていると
不思議そうにのぞきこまれた。


「何を変な顔をしている」

「変とか言うな」

「成長していないと図星を指されたことがそんなに気に食わないか」

「あんたね!!」

「仕方ないだろう。確かに貴様は成長していない」

こいつ…。

「しかし『進化』はした」


……え?


「よくやったヤコ。この広大な時空の中でお前を見つけることが容易だったのは進化し輝いたお前の功績だ」

その瞳が少しだけ
優しくゆらいだ。

そして。

「…まあその功績も二割あるかないかで大半は吾輩が有能だからに決まっているが」


この、やろう。

思わず唇がひきつる。


持ち上げといて突き落とす。

わかってたはずだったのに。
こいつのこういうところ。


「どうしたヤコ。ずいぶん顔色が青いようだな。吾輩との再会がそんなに嬉しいか」

誰が。

「嬉しくな…痛たたたたたた!!」


頭を掴んだ指先が力を増す。

割れる。

頭蓋骨割れる!!


「え?嬉しくて泣いてしまいそう?」

「違…」

「え?」

「そ…そう!!この涙、それ!!」


強引にそういうことにさせられると、ネウロはやっと私の頭から手を離した。

落ちないように抱きかかえてくれている。


正直


不思議だった。


前ならためらわず海まで落下させたはずだ。


それをしないということは
ネウロの期待する謎が近く…つまりあの飛行機の中にあって

すぐにでも私を使いたいということだろう。


私の横に

ネウロが帰ってきた。


ばかみたいだ、
私。


気をぬいたら

笑顔になっちゃいそう。


本当に

馬鹿だ。


そんなことを考えていると
ネウロが口を開いた。

なぜかあえて
私を見ないようにして

こう
聞く。




「…吾輩に会えて、嬉しいか」




ぽつりと

さっきも聞いたことを。


その表情は

笑顔ではなくて

真顔でもなくて


どこか

なにか

期待をしてはいけないと
自分を押さえている顔。


こんな表情に
私は覚えがある。


あんたと会ったとき

あんたのことなんて

どうでもよかった。


それはきっと

あんたもだよね。


あんたといて

あんたのこと嫌いになったこともある。


それはきっと

あんたもだよね。


なのに


あんたがいなくなって

心の半分くらいちぎられたみたいに感じる。


それは

あんたも

なのかな。


そう

あんたに心で尋ねたときの


私の顔


いつも

いつも


こんな表情だった。





「…嬉しいかどうかはわからない」




正直に
答えた。




「でももう、寂しくない」




その答えに、ネウロは私を見た。

少し驚いたような
そんな目で。


そうしてしばらく視線が絡んだあと
ネウロは笑った。

とても
とても

愉快そうに。




「ザ・ナメクジの答えにしては合格だ」




ちょっと。

ちっとも進化してないじゃないの。


睨むと
強く抱きしめられた。

いや
締め付けられたのか?






「行くぞヤコ。『謎』の気配だ」







ねえネウロ。

私、

あんたに
ひどいことしかされなかった気がする。


最初から

最後まで。


あんたが私に優しかった覚え

おかしいな

まったくない。


殴るし。

踏むし。

首絞めるし。

投げられるし。

罵詈雑言すごいし。

靴舐めろとか言われるし。


なのに

なんで私

あんたのそばにいたのかな。


なんでそれなりに

笑ってたのかな。


なんで今こんなに




幸せなのかな。










fin

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