ネウヤコ小説

□戻った心
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「さてヤコよ」

さて問題です。

ニコニコ笑う外道魔人の前で私は今何故
床に正座をさせられているのでしょう。


答え。

こいつが外道だからです。


つい数時間前、こいつは魔界からこの世界に帰ってきました。

謎を食うためです。

それだけのためです。

ついでに私を虐めるためです。

そして私は
正座をさせられているというわけです。


…なんだこの扱い。


進化したとか
輝いたとか言ってくれながら

結局この扱いだよ。


「久々の再会を祝して貴様にとびきりの調教をしてやろうと思っていたのだが」

「余計な心遣いだ」

ぼそっと毒づくと、ガッと顎を掴まれる。

「…何か聞こえたようだが」

「ち…調…きょ……わあい…」


…泣ける。

3年経っても何も変わっていない。


「楽しみにしてもらっているところ悪いのだが、無事にこの世界に戻れた安堵からか現在良質な調教が思いつかん」



嘘。

超ラッキー。

つい
ニヤッと笑ってしまった。


のが

悪かった。


「そうか。そんなに残念か」


物凄くすまなさそうな顔でネウロは
優雅に私を抱き寄せた。

このどS魔人が

『可愛い顔』をしたり
『格好いい顔』をしたり
『無邪気に振る舞』ったり
『紳士的に振る舞』ったりするときは

鬼畜笑顔をして
鬼畜笑いをしているときより

ひどいめにあわされる。


深刻に
青ざめた。


「いや…その…無理しなくていいよ」

「何を言う。『下僕』の期待に応えられずして何が『相棒』か」


色々
定義がとんでもないよ。

でも今そんなこと突っ込んだら
こいつの思うツボだ。


だらだらと汗をかきながら私は
どうにか逃げる口上を探す。

そこで

あかねちゃんと目が合う。


いや
目が合うっていうのもおかしな話なんだけれど。

とにかくあかねちゃんが目に入った。


「私、今からあかねちゃんのトリートメントしなくちゃだから!!」

ネウロがピクリと眉をあげる。

「もうそれはそれはねっとりとトリートメントしなくちゃだから!!ホットパックとかも約束してたから!!」

「……………」

後でもいいだろう
とか言われたら
秘書をおざなりにするなと反論してやろう。


なら早く済ませろと言われたら
トリートメントとホットパックの奥の深さを
延々と語って時間を稼ごう。


黙れと言われビンタ食らったら
潔く気絶して現実放棄しよう。
反応を楽しみたい外道には無反応が効くはずだ。


甘いよネウロ。

私だってこの三年
色々と頭を使って生きてきたんだ。

そう簡単にあんたの嫌がらせに屈してたまるもんか。


そう挑むように笑ってやると、ネウロはふむと頷いた。


「あかねのトリートメントか。それは重要だな」





……え?




いいの?

それで。





「入念にしてやるといい。ならば吾輩はその間
ここ三年の出来事をチェックするとしよう」


あっさり私を離して
ネウロはパソコンに行ってしまう。

その後ろ姿を見送りながら私はぽかんとした。



助かった、みたい。

みたい…だけど。


なに。

この
扱いの差。


あかねちゃんに対する対応と
私に対する対応

あまりに違うことない?


「…痛…」


ツキ、と、胸が痛んだ。

小さく。
でも
確実に。


「…………」


その痛んだ場所は、三年前、ネウロがひきちぎっていった心の半分だった。

でもそれは
ネウロが戻ってきて
もとに戻ったはずだった。


ぽっかり空いた空洞は
さっきまでちゃんと塞がっていた。

なのに。


もう……これは、
私だけのものじゃないんだ……。


ネウロにひきちぎられた心の半分は
ネウロと一緒に戻ってきたけれど

ネウロと一緒に在る時間が長すぎて

もう私だけのものではなくなっていた。


じんじんと痛む胸の痛みを
私はあえて全身で受け入れた。

痛みに
慣れようとしたのかもしれない。

痛みに慣れれば
もう痛まないと思ったのかもしれない。

それか
痛みに耐えかねて心が
それを忘れるか書きかえるかして
治そうと努力すると思ったのかもしれない。


どれにしても
はっきりわかっていることがあった。





三年前の離別。


心を裂かれたのは
私だけだったんだ。





「トリートメント、しよっか」

笑ってあかねちゃんにそう言ったのに
あかねちゃんはあんまり

嬉しそうじゃなかった。


私は入念にトリートメントをし、ホットパックまで完璧にこなした。

あかねちゃんはかなり艶々になった。

なのにあかねちゃんは
あんまり嬉しそうじゃなかった。


トリートメントのセットを片づけ終え、
パソコンのほうを見るとネウロはまだ熱心になにかを検索していた。

いつもながら
ありえないくらいの目と
ありえないくらいの触手を使って。

いい感じに
私への嫌がらせを忘れているようだ。


それも少し残念な気がしたけれど
私はМではない…決してないので、

どちらかといえばラッキーという気持ちのほうが大きかった。


外はもう薄暗く
夕闇が迫っていた。


…帰ろう。


邪魔するのも馬鹿なので、私はそっとドアに向かう。


ネウロが帰ってきて
寂しさは、消えた。

どうしようもない未来への不安も
消えた。



けれどどうしてだろう。





私は

少し孤独を感じている。



クス

少し、笑えた。


なんでこんな気持ちになるんだろう。

なんでこんな事考えるんだろう。

なんで少し悲しいのかな。

なんで。

なんで。

なんで。



でもネウロは

この『謎』に
興味を持たない。


絶対。



ドアのノブに手をかけながら
胸の痛みを宥める。

さっきからずっと痛み続けるこの胸のせいで
ちょっと
食欲がない気がした。


私が
食欲不振?


そのちぐはぐさが異様で
おいしいものを想像してみる。


焼き肉。

…はは、おいしいかも。

でも食欲はわかない。



お刺身。

…旬の魚って、なんだったかな…。

そんなことすら思い出せない。




チャーハン。

………エビが、いいかな。

……………。




ピザ。

…ミックスピザがいいな。いやそれだけじゃ足りないかな。


お好み焼き。

…ねぎすじモダン。もんじゃはチーズめんたい。
ネギ焼きも外せない。


そば。

…ざるそばでも温そばでも中華でも可。
もちろん焼きそば大歓迎。


うどん。

…これもざるも温も大歓迎。焼きも可。季節ものを盛り込んだ鍋焼きも最高。


鍋。

…味噌鍋もキムチ鍋も豆乳鍋も最高。ちゃんこ素敵。水炊きも捨てがたい。ラストをご飯にするか麺で〆るかは最大のジャッジだと思う。



……あれ?

案外食べれそうだぞ?


ちょっと口の中の唾液率が上がってきた私は、
帰りにどこかに寄ろうなどと考えながら

ドアを開けた。






息が止まった。


文字通り、
息が止まった。


襟首を締めあげられたからだ。


「……………!!」


足をばたつかせているということは今
私は襟首を掴まれ持ち上げられているということだろうか。

どうでもいいけど
苦しい。


「〜〜〜〜!!」


ぼった、と床に離され、とにかく呼吸をする。

恐ろしい。

こんなに酸素あふれる地上で
酸欠で死ぬところだった。


「な…なにすんのよ」


「……………」


睨みつけると、ネウロは無表情に近い顔で私を見下ろしていた。

一気に心臓が凍る。


この


この
表情は。



「ね…ネウロ…」





「………ナメクジが」




ああやっぱり。

ものすごく激昂している。


なんで?

私情報収集の邪魔しなかったのに。

いやそりゃ調教からはにげたけれど、
でもそれはネウロだって納得して……。

うん

いや

その


……私、殺されるかも。


半分くらい覚悟を決めた時、
ネウロが再び私の襟を掴み、
ぶん投げられた。

壁に激突して飛び散る自分のアレやソレを想像し、私はげんなりとする。

だが、

背中にきた衝動は壁ではなくソファの感触だった。


ばふっという低い音がして、私はソファに飲まれる。


「……っ?」


なにがなんだかわからず起き上がろうとすると、
頭を掴まれ押し倒された。

覆いかぶさるようにネウロがいる。


逃げ場がない、その事実に冷や汗が出る。


「ワラジムシのくせに生意気な…」


低くそう言われる。

奴の中で私の存在がさりげに格下げされているのが気になる。

なに。

なんなのよ。


私がいったい
あんたに何したって言う……


「吾輩を待たせるだけ待たせておいて涎を食いながら帰宅しようとするとは」


………はい?

待た………?


待ってたの?

トリートメント終わるの。


………ああ、でもそう言われてみれば、
言ってた気がする。


『入念にしてやるといい。ならば吾輩はその間
ここ三年の出来事をチェックするとしよう』


…うん。

言ってる。


『その間』って。



いうことは。


私、ネウロを長時間待たせた上
とんずらここうとした、と、

そういうポイントに立ってるわけ?

今。


…………。




……考えるだけで恐ろしい。



「ち…違、だってあんた、集中してたから…!!」

「黙れウジムシ」

「いや本当。本当だってば…!!」

ネウロはニヤリと笑った。

「長い間放置していたせいで主人への忠誠を忘れたようだな」

誓って言うが、
あんたに忠誠誓った覚えは微塵もない。

「それとも吾輩としたことが、飴と鞭の割合を間違えたか?」

断言するが、
あんたに飴を貰った覚えは欠片もない。


「さてヤコよ」

外道魔人は私の目玉を噛みそうなほど接近して囁いた。


「何か言いたいことがあるなら一言だけ許そう。
それによって貴様の本日の調教は飴か鞭か決定する」


……何言ったって、
鞭になるくせに。


ため息が出た。


でも、
なぜか悲しくはなかった。

胸も痛んではいなかった。

あかねちゃんへの対応とか
私への扱いとか

色々考えてたのが馬鹿みたいだ。


どうだっていいや
もう。


でもそれは
なげやりな意見じゃなかった。


ネウロが
私に構いたくて『待て』をしていた。

結構時間があったのにずっと
『待て』をしていた。


この
外道魔人が。

どS魔人が。

天上天下唯我独尊野郎が。


私に構いたい
それだけのために

『待て』をしていた。


それだけで
もう

色々どうでもよくなった。



クス

少し、笑えた。


なんでこんな気持ちになるんだろう。

なんでこんな事考えるんだろう。

なんで少し嬉しいのかな。

なんで。

なんで。

なんで。



そしてネウロは

この『謎』に
興味を持つのだろうか。


わからない。

わからない、けど。


今はただ。

あんたに。

ただ、本当に心から
言いたい言葉があるよ。

一言。


それは

本当に
一言。







「おかえり」







ネウロから笑顔が消えた。

茫然としたように
私を見つめている。


寂しかったよ、ネウロ。

あんたがいないの、本当に、本当に、

本当に寂しかった。


約束だから
涙は出さなかったけれど。


でも私はきっと
いつも泣いていたんだと思う。


本当に
本当に

おかえり。



そう思い
目を閉じた。



さて。


どんな拷問が始まるやら。


それはさすがに
諦めの境地だったけれど、

ネウロはしばらく私を見つめ
フッと小さく笑い

そして

私の髪を

撫でた。







「…吾輩に会えて、嬉しいか」







少し前にも同じ言葉を聞いた気がした。

なんでこんな質問を繰り返すのか
私にはまだわからない。

でも。


ただ、笑顔で返した。



ネウロはその日
拷問も調教も私にしなかった。


ただいつまでも
私の髪を撫で続けた。


おかえり。

ネウロ。



おかえり。

私の
心の半分。






おかえり。





『ただいま』も言えない




愛おしい



あなた。










fin

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