ネウヤコ小説

□究極の謎1
1ページ/1ページ

『運命』という言葉は
好きではない。

『運命』という名のもとに変異種として我輩が魔界に生まれたのなら、

そこで細々と『謎』を食いながら生きろといわれているのなら、

それは、ゆるやかに殺されているのと同じだ。


『運命』などない。


桂木弥子に出会ったのも
『運命』ではない。

『偶然』だ。


我輩が空腹に耐えきれず地上にもがいたその時に
『偶然』かぐわしい『謎』があり、

『偶然』その隣に、ヤコがいた。


それだけだ。


なのに。




この感情は、なんなのだろう。





ヤコに関心を持ったのは、

初めて会った時ではない。


喫茶店での陳腐な毒殺事件の時でもない。

薄味だったヤコの父親の事件の時でもない。


ドーピング料理の事件。


…ここからだ。


意地汚く食欲に負け、『成功を呼ぶ』などという胡散臭い料理に食らいついたヤコが言った一言。


「おいしい…けど、料理じゃ…ない。
なんか……コレ…、食べるって事に対して…、失礼な気がする」


その言葉に
我輩のなにかが

刺激された。


…この娘、おもしろい。


この娘は、目前の美味な食糧を褒めながら否定したのだ。

ヤコにとって食事は最高の歓喜。

言うなれば我輩にとって『謎』のようなものだ。

つまりヤコは
こういう事を言ったのだ。


美味い。
美味い…が、『謎』ではない。
認めてしまえば『解く』という事に対して無礼にあたる。


…と。


ヤコは食べることに貪欲だ。
それは我輩も同じこと。

『偶然』選んだ人間と我輩の共通点に、愉快になった。


「『食べることはそれ自体が幸せだ』と、そんな事はこの僕でもわかるというのに」


そう。

それこそ我輩を魔界から地上へ向かわせた原動力。

呼吸ができなくなっても。

動きが制限されても。


この飢えを満たせるならばそれでいい。
それだけでいい。


そのために来たのだ。

そのため、だけに。


それを

その激情を

この人間は

…ヤコは


知っている。


………おもしろい。


この娘、
おもしろい……!!



それから我輩はヤコを観察するようになった。

『ある』ものという認識から
『いる』ものへと認識を変えた。

……そして。

虐待すると実に良い反応をみせる所が気にいった。


我輩は常に強者であり、我輩以外は弱者であった魔界において味わえなかった反応。

『反抗』。

へつらうものをいたぶるより
へつらわぬものをいたぶる

この高揚感。

他の人間も『反抗』はする。

しかし
高揚感は得られない。


なぜか。


ヤコが、馬鹿だからだ。


意にそわぬ扱いをうけているにも関わらず

生まれない『悪意』。

『嫌悪』。

『殺意』。

絶対的強者に対する『恐怖』。

『畏敬』。


そしてなぜか育つ

『信頼』。


桂木弥子は…、馬鹿、という種類の人間だった。

馬鹿。

それが
これほどに気持ちの良い存在だとは。

なにをしても絶対に『嫌われ』ない、
この高揚感。


そしてこの馬鹿は

時折、
我輩の想像もしなかった事をやってのける。


「犯人は…、アヤさん…だよね。違う…?」


……驚愕した。


この、娘は。

我輩とは違った歪みから『謎』を捉えたのだ。

見える、残る、事件の残骸というほころびからではない。


人の態度

言葉

そして…心という、

もっとも深淵な『金庫』の隙間から

全くほころびのない表面から歪みを掻き出し

ほころびに『変え』て、


『謎』を捉えたのだ。


最高の
裏切りだった。


ヤコ流に言うなら
紙クズだと思っていたものが紙幣だった。

…というところだろうか。


『偶然』出会い
『偶然』選んだ

桂木弥子。


良い拾いものをした。


…そう

思った。


アヤの歌に揺さぶられたわけではなく

アヤの事件に揺さぶられたわけでもなく

ただ

アヤという人間を思い


涙を浮かべたヤコを見ながら。


きっと
ああいう光景を

『美しい』と名付けるのだろうと。


…そう

思った。


ヤコ。

サイの初めの事件で
サイが貴様に化けて我輩に刃物をむけたとき

貴様でないと知っていながら
不愉快でしかたなかった。

貴様は我輩に『そんなことはしない』。

我輩はどこかでそう確信していて

…そう
願っていたからかもしれない。

だから

貴様が阿呆面さげて、道に迷ったと喚きつつ部屋に入ってきたとき

安堵した。


あれを

『嬉しい』というのだろう。


…そう

思った。



ヤコ。

貴様は知らない。


「探偵役…さ、他の人探してくれないかな?」

あの時我輩のなにかが
ひどく騒いでいたことを。

あれは

『不安』。


「でもいい人なのはわかるよね…。笹塚さんって、優しい人」

あれは

『苛立ち』。


慰安旅行のひとときに
まったく貴様が我輩を『男』として『警戒』しなかった現実。

『不満』。


だが…貴様の寝顔が真向かいにあり
夢にも貴様が出てきたという状況。

『愉悦』。


貴様が吾代を気にかけ、探しに行くと言ったときのこめかみのうずき。

『腹立たしさ』。

…少々腹いせは、してやったが。


望月にはめられた事件のときに吾代を動かした
貴様の『可能性』。

『喜び』。


貴様に出会い
過ごし

我輩が変わっていく。


ヤコ。

貴様ら人間は『花占い』というものをするだろう。

偶数か奇数かに疑問を委ね
答えを訪ねる稚拙な遊び。

あれに似たものを
我輩もやってみようなどという気になったのも

貴様のせいだ。


我輩にとって貴様とは
なんだ?

我輩の体内から出た銃弾を口に含み
吐き出すときにそう疑問を浮かべ

吐き出す。


花が

咲いた。


「おやおや……」


その結果の意味を


「ずいぶんと優しい体になったものだ…」


我輩は掴みきれない。


…ヤコ。

……ヤコ。


貴様は『進化』し続ける。

しかも

急速に。


………ヤコ。

貴様は知らない……。


「期待はずれだヤコよ。貴様の日付はいつになったら変わるのだ?」


これが
『牽制』であったことを。


急いで

成長するな。


急いで

『進化』するな。


まだ

もっと

我輩の庇護下にいろ。


そう
いった

…『泣き言』…だったことを。


ヤコは馬鹿だから
きっと気付かない。

気付かないまま馬鹿なりに
自分の夜明けを模索しはじめることだろう。

それがなお
我輩の首を絞めることになる。

そんな簡単なことすらわからない程に
我輩は何かに浸食されはじめていた。


そしてヤコはすぐ
その片鱗を見せる。


「いやもう、推理でもなんでもなくて、本当になんとなくなんだけど。
あの『最後の自分』像ってやつ…未完成っていってたけど…。
あれ…、本当に未完成なのかなって…」



……ヤコ。



………ヤコ。



急ぐな。


急ぐな……頼むから。


貴様は今
どこを見ている?

貴様は今
なにを見ている?

貴様が歩を早める毎に
我輩との距離が広がっていく。


『進化』は、美しい。

『進化』は、素晴らしい。


だが

なぜだろう。


どこから湧いてくるのだ。


この

『焦燥』は。


この

『寂しさ』…は。



閉じ、こめて

……しまおうか。

どこかへ。


そう思う感情も
確かに我輩の中に存在していたのに


「貴様は毛ジラミだ」


我輩は


「貴様のやるべき事はわかるだろう。
『謎』を解くのに必要な情報を揃える事。
我輩の奴隷は言わなくてもその位はこなすのだ」


我輩は、見たいのだ。

貴様の『進化』を。


たとえそれが
我輩を………


『苦し』めても。



………ヤコ。

貴様は知っているか。


笹塚が貴様を見る目は
『妹』を見るそれではない。

そんな

今までならどうでもいいと流していたことが
我輩の中で鮮やかに息づいている。


そして

……ヤコ。


未だ我輩の中で息づいている。

サイとの二度目の対立の時
貴様が見せた『進化』を。


あれほど恐れ

あれほど逃げようとしたサイと


貴様は自ら対峙した。


我輩に
時間を与えるために。


…………ヤコ。

………ヤコ。

…ヤコ……。


お前は……知らない。


貴様の前でしか

我輩が

本当にる眠ることがないことを。


…そうして

ヤコ。



我々は地上に来てもっとも美味だった『謎』に出会う。




【電人HAL】。





その知能が作り出した『謎』。


それを解いたのは





貴様だった。








Next…

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ