ネウヤコ小説

□究極の謎2
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【電人HAL】。

サイよりも広大に
我輩に挑んできた犯罪者。


そして……ヤコ。


貴様はよく
泣きそうな顔で我輩の名を呼んだ。


電子回路の侵入に失敗し左手を負傷したときも

事務所を襲撃されたときも。


壊された部屋。

散らばった硝子。

崩れた空間。

我々の居場所だった…世界。


そこでその名残を惜しんでいたとき
しかし貴様はそんなものを見ていなかった。

貴様が見ていたのは

……我輩。



「…ネウロはさ。もっと自分を大事にしたほうがいいよ」


覚えているか、ヤコ。

我輩に刺さった硝子片を抜きながら
貴様が言った言葉を。


「…痛いよ」


痛い、と。

言ったのだ。
貴様は。

『痛い』と。



「ソファと壁に挟まれたくらいで大げさな」

「私じゃなくて!!…いや私もだけど…いや、あれは助けてくれたわけだから…、
それはありがとう……でもそこじゃなくて!!」


いつも通りでない、しかしいつも通りの貴様に
……笑えた。


『和む』。


きっと

これはそういう名前だった。


「だから!!」

「なんだ騒がしい」


「あんたが傷つくのが痛い!!」


涙をためたその瞳を
直視できなかった理由は

未だに掴みきれていない。

だが。


「………他人の痛みを貴様は体感するのか。特異な体質なことだ」


だが、ヤコ。


「他人じゃない!!」


我輩にはもう
その『気持ち』がわかる。


「ネウロは私にとって他人じゃないよ!!」


『謎』を食ったわけでもないのに
腹が熱くなるこの感覚。

全身に力がみなぎるような
この感覚。

貴様の声が。

言葉が。

涙が。

『思い』が。


我輩を、変えていく。


「…そうだな。我輩は貴様の主で……貴様は奴隷だ」

「あほか!!」


……ヤコ。

貴様は我輩が傷つくと『痛い』と言った。

それは
我輩も同じ。


貴様が傷つくのは

許されない。


貴様が傷つく、
貴様に傷が残る、
貴様が………


死ぬ。


それを想像したときの我輩を襲うこれの正体は確かに

『痛み』だ。


そして我輩はその『痛み』に

耐えることができない。



それがなぜかは

掴みきれない。



電人HALは強敵だった。

なかなか尻尾がつかめず
魔力ばかり消費され

正直

少々苛立った。


しかしその度

ヤコが愚かないたずらを仕掛けてきては我輩に報復され、

面白おかしい顔になって我輩をなぐさめた。


「行くぞヤコ。ここからは中盤戦だ」


ヤコ。

貴様は知らない。



ニヤリと笑う我輩に呆れながら

だが、

我輩が「落ち込んでいない」と知りホッとする貴様が

どれだけ我輩を支えていたか。


「ここまで来ると探偵の仕事とはもう全然別物だよね。
だったら私…別にいらなくない?」


いれば、

いい。


「戦いになったら戦力になんないし」


いるだけで、

いい。


「余計なサポートはむしろ、邪魔になるだけでしょ」


貴様がいる。

それだけで。


我輩は立てる。


絶対に力つきることができない一線。


それが

貴様だ。


……そして、……ヤコ。


我輩の傷を見るたびに

我輩の危機を見るたびに

貴様が我輩のために『痛む』たびに



貴様を

近くに感じる。



成長を、するといい。

『進化』を、するといい。

そして我輩のために叫び

泣き


我輩の近くへ来い。



………ヤコ。

…………もっと、そばに。


…もっと、もっと、

………そばに。



「基本的に君に危害は加えないよ…何故なら、私にとってネウロ以外は何の脅威にもならないからだ」


HAL。

それは
貴様の失態。

貴様の脅威は我輩ではない。


桂木弥子。


この

娘だ。


ヤコは人形でない。

ヤコは傀儡ではない。


ヤコは


ヤコ


だ。



それが

HAL。

貴様の敗因。



………ヤコ。

篚口の策で弱った我輩に気付いた貴様。

それが
『謎』への突破口。

貴様は
『人間』だった。

間違うことなく『人間』だった。


だからこそ

HALの『謎』に近づけるのは貴様しかいなかった。


HALの原動力が

『人間』

だったが故に。


………ヤコ。


貴様はそれに

見事にたどりつく。


それは我輩に『歓喜』を呼び
そして


「そのパスワードは…我輩にも解けるものだったか?」

「……ううん…。たぶん…無理だと思う」


やはり少し

『寂しさ』を呼んだのかもしれない。


貴様は

泣いた。


春川の思いに。


(君が、遠い)


春川の、絶望に。


(0と1、生と死。隣り合っているはずの両者の距離が、何故こんなにも遠いのだ)


春川自身も気づかなかった


(君を)


愛、という


(造ろう)


感情に。


(美化もせず)


………ヤコ。


(風化もせず)


………ヤコ。


(1ビットたりとも違うことない君を造ろう)


………ヤコ。


(どんな手段を使ってでも)


……………ヤコ。


(本当の君にもう一度会いに行こう)


…………………ヤコ。

貴様は

泣いた。


だが。


春川は。


(1の世界でも遠かった)


電人HALは。


(1と0の狭間に来ても遠かった)


最高の『謎』を生みだした『人間』は


(どんなに彷徨っても決して会えなかった君が…)


0.000000000000000001%の


(こんな…)


刹那で


(こんな近くに……!!!!)


愛しい女が傍にいたことに

気付いたではないか。



………ヤコ。



貴様は

泣いた。


泣く理由を

「あんたなんかにはわからない」

と言いながら。


そう…ヤコ。


我輩にはわからない。


なぜなら

我輩が奴なら


笑うだろうから。


消滅するその瞬間に愛おしい女が傍にいる。

その状況を。


我輩は

思う。


もし我輩が消滅するときがくるなら

その時


貴様が傍らにいたら


そのときは

やはり


『笑う』だろうと。


…………ヤコ。


我輩に『人間』の気持ちはわからん。


だが。


思う。


電人HALは


『幸せ』だったのではないか。

と。


もし奴が我輩なら

やはり


『幸せ』なのではないか………と。


ヤコ。

…ヤコ。


忘れるな、ヤコ。


何一つ忘れるな。


我輩の挑発も拷問も

アヤやHALに流した涙も全部忘れるな。


忘れなければ貴様は

再び進化ができる。


電人HALの『謎』は


脳の『洗脳』ではない。

起こした犯罪ではない。


『愛』という名の『衝動』

だ。


貴様にしか解けなかった『謎』。

そして

貴様には理解しきれなかった『謎』。


なのに。


……なぜだろうな。


我輩には

この『謎』が理解できる。


あの『謎』はひどく甘美で
そして

どこか


『痛い』


そんな味がした。



それがなぜだったのか


我輩は未だ


掴みきれて………



いない。





Next…

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