ネウヤコ小説

□究極の謎3
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ヤコ。

貴様は知らない。


貴様は我輩にひざまずくことを決してしなかった。


我輩の下にいるのではなく
隣を望んだ。

我輩についてくるのではなく
共に歩くことを望んだ。

上下ではなく
対等な関係を望んだ。


それが

どんなに我輩を支えていたか。

どんなに我輩の内部に食い込んでいたか。


気付かないうちに貴様は

我輩の中の大きな『なにか』を担っていた。


その貴様がサイに拉致された時。


はじめて


生まれてきて

はじめて


我輩は


『冷静』を


失くした。



貴様と出会った時
貴様など

どうでも良かった。


貴様と過ごして
退屈を感じたことも

ある。


なのに。


我輩の傍らに貴様がいない。

そのことに。


貴様が削られる。

そのことに。


こうも


騒がされるとは思わなかった。



助けに行ったのではない。

取り戻しに行ったのでもない。

ただ

『不自然』を『自然』に戻したのだ。


ヤコが

いない。


その『不自然』を


ヤコが

いる。


その『自然』に

戻しに行ったのだ。


ただ、

それだけ。


…………ヤコ。

貴様は知らない。


洗脳され、我輩に刃を向けようとも

貴様が無事でいる。

それだけが


どれほど我輩を安堵させたか。


我輩が来ることを疑わなかった。

それだけが


どれほど我輩を歓喜させたか。


………ヤコ。


…………ヤコ。


貴様は我輩の……


何だ?


掴みきれないこの感情を

しかし我輩はもう
手放すことができない。


……だから。


だからかもしれない。


『新しい血族』。


この無礼な物どもの事件が始まった時

なにかが飲み込みきれない不快感のようなものがずっとつきまとった。

『謎』を食っても
食いきれていないような気持ち悪さとは別に。


この、事件。


関わらなければ生きていけない。

しかし関われば何かを失う。


『不安』。


我輩は魔界を捨てた。

自分の出自も経緯もこれからも
どうでもいい。

そんな我輩が失って恐れるもの。

それは

『謎』。


それともうひとつ。


………ヤコとの、『時間』。


…覚えているか、ヤコ。

バレンタインという名のイベントに乗じて
貴様が我輩を喜ばせたあの日を。

覚えているか、ヤコ。

魔力を消耗し動けない時に
貴様が『いつもの報復』と理由をつけて我輩に絡み、
結果我輩を楽しませたあの日を。

覚えているか、ヤコ。

動けない我輩のために
貴様が我輩の意思をくみ取り行動した数々を。

覚えているか、ヤコ。

我輩の隣で
貴様がどんなに

挑み

泣き

怒り

喜び

叫び

走り

笑ったか。


覚えているか、ヤコ。


覚えて、いるか。


………笹塚が死に、
貴様の中の何かが壊れ、

貴様は『進化』し、

ひとつの『謎』を追い詰め、

そして………


我輩を

拒絶した。



「…もう……やだ」


ヤコ。


「笹塚さんも…おじさんも…私の目の前で」


ヤコ。


「ネウロにはわかんないよ!!大事な人を目の前で亡くす痛みなんか!!」


ヤコ。


「仲良くなって…私の中で欠かせない人になっても…
事件に巻き込まれて消えてっちゃう!!
探偵の真似事なんてやってなきゃ…こんな思いする事も無かったのに!!」


ヤコ。


…ヤコ。

貴様は…知らない。


「最初から」


貴様は


「こんな事なら」


知らない。


「最初から出会わなきゃよかった!!」


その言葉が


「皆とも…」


その、言葉が。


「……あんたとも!!!!」


…………どれだけ我輩を

抉ったか。


「…ふむ」

ヤコ。

「貴様の口からその言葉が出るとはな」

…ヤコ。

「…我輩、今まで貴様を奴隷として扱ってきたが、
貴様には人と接する能力があり、逆境に萎えない向上心があり、
それらについては一定以上の敬意を払って来たつもりだ」

……ヤコ。

「だがまさか…ここまで腑抜けだとは思わなかった」

…………ヤコ。


「消えろ桂木弥子」




……………………………………行くな。




「腑抜けの奴隷に用はない」


…………………………行くな、ヤコ。


「望み通りここを去って…」


……………行くな、ヤコ。頼むから。


「二度と我輩の視界に現れるな」


……頼むから。


成長はときとして
痛烈な逆境を強いる。

ヤコ。

貴様はまさに今
そのただ中にいる。

…逃げるな。

成長を、恐れるな。

『進化』を、恐れるな。


貴様が一人で立てないというなら
支えよう。

貴様が一人で歩けないというなら
導こう。

貴様が一人で眠れないというなら
添おう。

貴様が一人で生きれないというなら
守ろう。


ヤコ。


逃げるな。

状況を

世界を

恐れるな。


笑え。

いつものように笑って
言いすぎたと

質の悪い冗談だったと

そして今までと変わらぬマヌケ面で

我輩のそばにいろ。


貴様でなければ
ならない。


我輩の傍らにいるのは

貴様でなければ。


「今まで…」


行くな。


「ご苦労だった」


…………行くな、ヤコ。


「腑抜けの未来に…」


我輩の、そばに。


「精一杯の」


どうか…、そばに。


「幸あれ」



ヤコの涙が
視界をかすめた。

ヤコは躊躇った。

たった
一瞬だけ。

そして

我輩の横を駆け抜けた。


我輩の姿を
振り切るように。


我輩の今までを
振り切るように。


我輩のすべてを

振り切るように。



………ヤコ。



…貴様は、知らない。



貴様が走り去った瞬間、

我輩の中のなにかが確かに闇に飲まれた。


凄まじい

喪失感。


それは深淵な空洞を生み

その空洞は

どんなに美味な『謎』でも
どんなに大量の『謎』でも

決して
埋まることはない。


ヤコ。


貴様と過ごして

我輩が変わっていく。


『不安』。

『歓喜』。

『苛立ち』。

『焦燥』。

『愉悦』。

『和み』。


様々な感情が
我輩の中にすでに在る。


そして

我輩は知る。


去った

ヤコ。


その残り香に目を閉じながら

思う。


そう。


これは。


この空洞の名はきっと。

こう

呼ぶのだ。






『孤独』





…………と。







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