ネウヤコ小説

□究極の謎4
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『運命』という言葉は
好きではない。

『運命』という名のもとに変異種として我輩が魔界に生まれたのなら、

そこで細々と『謎』を食いながら生きろといわれているのなら、

それは、ゆるやかに殺されているのと同じだ。


『運命』などない。


ヤコに出会ったのも
『運命』ではない。

『偶然』だ。


我輩が空腹に耐えきれず地上にもがいたその時に
『偶然』かぐわしい『謎』があり、

『偶然』その隣に、ヤコがいた。


それだけだ。


なのに。


いつのまにか
それだけではなくなっていた。


『運命』という名のもとに変異種として我輩が魔界に生まれたが、

そこで細々と『謎』を食いながら生きろといわれたが、

それをゆるやかな殺害と感じた我輩は魔界を裂き

地上を求めた。


生きるために。


呼吸をすることが生きることではない。

生存することが生きることではない。

生きるとは
そういうことではないのだ。


我輩の『生』は

地上にあった。


我輩の『生』は

地上にあるはずだった。


そしてそれは確かに地上に『謎』という形で存在し

ありつづけ

我輩の周りにあふれている。


我輩は生きている。

『生きて』いる、はずだ。



なのに。


今。


ヤコが消えた今。


ゆるやかに、殺されているような気がする。


数秒ごとに

我輩の中のなにかが闇に落ちていく。


闇が広がり

濃さを増し。


魔力も体力も減少を認めないのに

我輩から確実に

『生』が


消えていく。


「………ヤコ」


その、名を。


「…………ヤコ」


その名を呼ぶときだけ

空虚が揺らぐ。


闇は増すのに
確実にそれでも闇は増すのに

風のない空間に風が起こるように

匂いのない空間に芳香が漂うように

光のない空間に光がよぎるように

何もない空間に景色がかすめるように


ヤコ


その名が

その、存在が


空虚を揺らす。


良くも

悪くも。



なにを、思ったのだろう。

我輩は。


ヤコを思い

ヤコを忘れるため

ヤコを理解し

ヤコを追わないため


アヤの歌を聞きに行った。


人間の脳を揺らがすその歌に
なにかを期待したのかもしれない。

我輩の脳が痺れることを。

我輩の空虚が痺れることを。

我輩のなかのヤコが痺れることを。


しかし

……響かない。

………揺らがない。


…ヤコ。


この陳腐な名前ごときで揺らぐ我輩の『中身』は

こんな『音』では揺らがない。


……ヤコ。




『花占い』というものをしたら

どんな結果がでるのだろう。




我輩の体内に銃弾があり

吐き出すときに聞いてみたら


(貴様は我輩の何だ)


そう、疑問を浮かべてみたら


吐き出したとき


どんな花が

咲くのだろう。


「…フン、もういい」


ヤコ。

…ヤコ。


貴様は笹塚の死に何を見た。

貴様は本城の死に何を見た。

そしてどう『進化』した。


「…やはりわからんな。人間は」


……ヤコ。


貴様がどんな『進化』をしたのか
我輩は知らない。

貴様がどんな『進化』のその先を望んだのか
我輩は知らない。

…知ることも

貴様は許さなかった。


………ヤコ。


その『進化』の先に

我輩はいなかったのか。


その『進化』の先の『回答』は

我輩を『排除』したのか。


貴様はすでに
我輩の『中身』の大部分を担っている存在。


だが貴様にとって我輩は

そうではないのか。


………ヤコ。

……………ヤコ。


なぜだろうな。

決してなにも忘れない我輩の脳が



どうしても思い出せないものがある。


貴様の

笑顔

だ。


………ヤコ。

……………ヤコ。


なぜだろうな。


ひどく

今、ひどく


それが見たい。


なのに

貴様はいない。


この

形容しがたい『不自然』さを

我輩はどうすればいい。


……数秒ごとに

我輩の中のなにかが、闇に、落ちていく。


闇が、広がり

濃さを、増し。


魔力も、体力も、減少を認めないのに

我輩から確実に

『生』が


消えていく。


なのに。


……ヤコ。

…………ヤコ。


貴様だけが


……………消えない。



あのとき我輩は
涙こそ知らないが

きっと

『泣く』という現象を

味わったのだろう。


そして……ヤコ。


貴様が我輩のもとに再び姿を現したとき

やはり我輩は

『泣いて』

いたのだと


今は

そう思う。


「ネウロ」


すぐに振り返ることができなかった理由は

わからない。


「…消えろ、と、言ったはずだが」


何も考えず口が動く。

まったく感情と逆の言葉が。


「…もう、逃げない」


ヤコの声は凛としていた。


「メソメソ泣かないし…出会わなきゃ良かったなんて思わない」


揺らぎのない、声。


「疑わしければ、つないでてもらって構わない」


ヤコは
ひざまずいた。

だが、こんなに高貴な土下座はないように感じた。

ヤコの目には決意があり
それを守るためなら何をしようともその魂は貶められない。

だからヤコはひざをつく。

決して自分は堕落しない。

それを知っているから。


そう……

それでこそ、貴様だ。


『偶然』見つけ
『偶然』選んだ

桂木弥子。


だが、それは本当に『偶然』だったのだろうか。


我輩をここまで翻弄する人間。


そんな人間に出会う確立は。

可能性は。

莫大な数字の中思う。


貴様と出会ったことは
果たして『偶然』だったのだろうか。


「…だからお願い。何でもするから…」


……ヤコ。


「そばにいさせて」


目を…

閉じた。


そして意識を完全にした。


これは

夢か。

それとも

現か。


我輩はそれを知る必要がある。


そうしないと

壊れる気がした。


我輩、自身が。


目を…、

開く。


そして振り返ると

そこにはヤコがいた。


夢でも

幻でもなく。


ヤコが。


「貴様から奴隷になりたいと志願するのか」


……やめ、ろ。


やめろ。


こんな。


こんな、

ことが。


言いたいのではない。


「調教は」

「好きなだけ」


怒れ。

いつものように反抗して

そして


「靴は」

「舐める」


そして……

笑え。


「私には…やらなきゃならないことがある。見届けなきゃいけないものがある」


真剣な、表情。

『進化』し

先を見据え

立ち向かう姿。


『美しい』、その、存在。


だが

我輩が見たいのは

今我輩が見たいのはその顔ではない。


「…それは、あんたと一緒じゃなきゃムリなの」


笑え。


「…だから」

「我輩に調教を命令するな」


…笑え。


「…万物に対して調教内容を決めるのは我輩だ。
その時、その対象、最適に応じてな」


……笑え、ヤコ。


我輩がどうしても思い出せない貴様の一場面を
どうか。


我輩はヤコの頬を張った。

一発だけ。


「その一発で調教効果が無いようなら…それこそ奴隷である価値は無い」


ヤコ。

貴様は不器用だ。

ひざまずかなくとも良かった。

奴隷志願など必要なかった。


貴様はただ戻り

『自然』な状況に戻り

我輩に微笑むだけでよかった。


ヤコ。

我輩は不器用なのかもしれない。

何も言う必要はなかった。

殴る必要もなかった。


我輩はただ受け入れ

『自然』な状態に戻り

貴様に微笑むだけでよかった。


だが

これが一番我々らしい『仲直り』だったと

今は

そう、思う。


「…さて、入口から大事そうに抱えていたそのカバン」


ヤコ。

…ヤコ。


………何故だろうな。


「まさか…入っていたのはマジックや手錠だけではあるまいな」


貴様がいなくなってから
『謎』を食っていない。

良質な瘴気もない。


息苦しく

だるく

気持ちが悪い。


なのに


「それで終わるほど…、我輩の奴隷は無能ではないはずだ」

「……うん!!」


貴様が

戻った。


それだけで。


魔力も体力も満たされていないのに

我輩の身に

『生』が

戻っていく。


急速に。


急激に。


あんなにも深淵だった闇が

埋まっていく。


そう……。


そうだ、ヤコ。


我輩を見つめるその瞳に、満たされる。

煩わしいものをすべて払拭する、その笑顔。


そうだ、ヤコ。


我輩はその

その貴様の顔が


ずっと

ずっと


………見たかった。





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