ネウヤコ小説

□究極の謎7
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ヤコ。

貴様は知らない。


我輩がどんなに時限を彷徨ったか。


ヤコ。

貴様は知らない。


我輩がどんなに貴様を探したか。


ヤコ。

貴様は知らない。


我輩が貴様を見つけた時、どんなに『高揚』したか。


ヤコ。

貴様は知らない。


「久しぶりだなヤコよ。懐かしい感触だ」


この言葉に
我輩がどんな思いを込めたか。


ヤコ。

貴様は知らない。


「脳の大きさも重さもさほど変わっていないようだな。実に持ちやすい」

「そう…なによりだよ…」


このやりとりに

どれほど我輩の胸が震えたか。


ヤコ。

貴様は知らない。


「体も別段成長してはいないようだな。とくに胸部は退化している」

「失礼極まりないことを言うな!!」

貴様の成長に

少し我輩が
『寂しさ』を感じていたことなど。


ヤコ。

貴様は知らない。


「何を変な顔をしている」

「変とか言うな」

「成長していないと図星を指されたことがそんなに気に食わないか」

「あんたね!!」

「仕方ないだろう。確かに貴様は成長していない」

ヤコ。

「しかし『進化』はした」


……ヤコ。


「よくやったヤコ。この広大な時空の中でお前を見つけることが容易だったのは進化し輝いたお前の功績だ」

貴様は輝いた。

確かに『進化』した。


だが


「…まあその功績も二割あるかないかで大半は我輩が有能だからに決まっているが」


貴様を見つけたのは
我輩の『執着』。

貴様への
『執着』。


「どうしたヤコ。ずいぶん顔色が青いようだな。我輩との再会がそんなに嬉しいか」

「嬉しくな…痛たたたたたた!!」


………ヤコ。


「え?嬉しくて泣いてしまいそう?」

「違…」

「え?」

「そ…そう!!この涙、それ!!」


………………ヤコ。


貴様は

『寂し』くなかったのか。

我輩が傍らにいない世界。

それが
『寂し』くはなかったのか。


我輩は


『寂し』かった。


貴様がいない。


その世界が


『寂し』くて

『寂し』くて


たまらなかった。


お前は

違うのか。


…………ヤコ。


お前は

違うのか。


「…我輩に会えて、嬉しいか」


そう問う我輩に貴様は
真剣な目で

こう
答えた。


「…嬉しいかどうかはわからない」


と。


そして

こう、加えた。


「でももう、寂しくない」


と。


……そうか。


そうか……と、思う。

ただ、思う。


貴様も『寂し』かったのだと。


我輩と同じように
貴様もさびしかったのだと。


ヤコ。


貴様に構いたくて

アカネのトリートメントの時間まで待った。


貴様の今までを知りたくて

様々な情報を渡った。


我輩のいなかった時間の貴様を余すことなく我輩のものにするために

我輩は全能力を使った。


そして得た。


「おかえり」


その

言葉に、


………決めた。



ヤコ。


我輩はもう
貴様を、諦めない。

貴様を守るため
一度は死をも覚悟した。

だが

もう

離れることは考えられない。


貴様が我輩の傍にいる。

我輩は貴様の傍にいる。

それが『自然』なことならば

それを決して侵させない。


何事にも。

何者にも。


貴様を離さないため

『契約』を用意し、強いた。


『私は人間の男に恋などしません』

『私は人間の男と結婚などしません』

『私は人間の男と家庭を築いたりしません』

『私は人間の男と子供を作ったりしません』

『私の一番は脳噛ネウロ様です』

『私は病める時も健やかなるときも脳噛ネウロから離れません』

『この契約に守られなかったらという仮定は存在しません』

『私は何があろうとも脳噛ネウロ様のそばにいます』


それは
どこか偏った

不自然なものだと我輩にもわかっていた。


だがそうなってしまった理由が

我輩には掴みきれない。


ただ

受け入れろ。


そう
思った。


だが貴様は

拒絶した。


「……馬ッ鹿じゃないの?」


腹が立った。

心底。


傷つけてやろうと思った。


心から。


だが。


「そばにいるわよ!!」


貴様は事務所が震えるくらい
叫んだ。

その声と内容に
唖然とする。


「人間の男に恋なんかしない。結婚なんかしない。家庭を築いたりしない。子供作ったりしない。
私の一番はネウロだし、離れるつもりなんか全くない!!
でもそれは私がそう望んでるからそうするの!!
私の願いだからそうするの!!」


その瞳に
涙が浮かぶ。


「なのにこんな契約書にサインしたらそのせいになるじゃない!!
契約書があるからそうしてるみたいじゃない!!
馬鹿にしないで!!
私のことは私が決める!!」


……………………。


………嗚呼。


怒り心頭で叫ぶ目の前のヤコを見て……気付く。


「そんな…ことも…ッ」


貴様こそ


「そんなこともわかんないの…ッ!?」


貴様こそ





究極の『謎』だった。






決して我輩に屈することをせず

決して我輩にひれ伏し従うことをせず

ときに反抗し

ときに慰め

常に我輩の傍らを選んだ女。


我輩の『なにか』を揺らがす女。

我輩の『冷静』を奪う女。

我輩の想像を凌駕し

我輩の意外を突く女。


貴様を求めたのはなぜだった?

貴様を守ろうと思った我輩の心は?

ただの

ちっぽけな

人間の女。


桂木、弥子。


その女のために

我輩は何を捨てようとした?

そして

その女から

何を得た?


「………ヤコ」


究極の『謎』。

脳噛ネウロの唯一にして最高の食糧。


それは

貴様だった。


探して

探して

探し続けた『究極』は


こんな


こんな…

近くに。



貴様への我輩の『思い』。

我輩への貴様の『思い』。


それは

なんという



なのだろう。


「………ヤコ」


この気持ちを
なんというのか

我輩は掴みきれていない。

だが


『偶然』出会って
『偶然』選んだ

女。


ヤコ。


………ヤコ。


「………返事をしろ」

「……なによ」


貴様と出会ったのは
『偶然』ではなかったのかもしれない。



「…ヤコ。吾輩はどうやら、究極の謎を見つけたようだ」



その言葉に
訝しげな表情をするヤコに笑える。


……ヤコ。

貴様が在り続ける限り
この『謎』は在り続ける。

そして

この『謎』は貴様だけのものではない。


貴様を思う
我輩のものでもあるのだ。

そして我輩は

貴様への思いという

難解にして

深淵なこの『感情』の解き方と

答えを


未だ掴み切れずにいる。


そして

なぜだろうな。

決してこれは解けないだろうし

解きたくないとも
思っている。

不可解で
不愉快な

だが何より心地よいこの束縛感が

我輩を


『生かす』。


「…さて、困った。
この『謎』はどう食らうか…」


ヤコ。

………ヤコ。


…………………ヤコ。




『運命』という言葉は
好きではない。

『運命』という名のもとに変異種として我輩が魔界に生まれたのなら、

そこで細々と『謎』を食いながら生きろといわれているのなら、

それは、ゆるやかに殺されているのと同じだ。


『運命』などない。


桂木弥子に出会ったのも
『運命』ではない。

『偶然』だ。


我輩が空腹に耐えきれず地上にもがいたその時に
『偶然』かぐわしい『謎』があり、

『偶然』その隣に、ヤコがいた。


それだけだ。


だが


『偶然』で説明できない絆がある。

『偶然』で纏められない思いがある。


それに名をつけるなら

何になるのだろう。


………ヤコ。


ならば我輩はそれを

『宿命』と呼ぼう。


我輩は魔界に生まれおち

貴様は地上に生まれおちた。


しかし我々は出会わなければならなかった。


定められた

流れのもとに。


ヤコ。


我輩が出会うべき

究極の『謎』よ。


『運命』などない。

『偶然』などない。


貴様と我輩は

『宿命』だった。


その

『宿命』を用意した偉大なる存在に

心から

感謝を。



ヤコ。


………ヤコ。


混沌としたこの世界で

『謎』に満ちた貴様を前に

ひとつだけ確かなことがある。


我輩は


この

脳噛ネウロは


貴様なくして


『生きる』


ことを


しないだろう。



我輩の


意思で。



それを我輩は

我輩の『進化』と捉える。


……ヤコ。


貴様と出会い

我輩が変わっていく。


…………ヤコ。

貴様は知らない。



貴様を再び探し当てた我輩が

どんな思いで

どんな顔で







『笑った』




かを。









fin

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