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□美容師の憂鬱
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ティエリア・アーデは緊張していた。

落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら険しい顔つきで人通りをゆっくりと歩いている。

今日は一世一代のイベントだった。
大学受験の時もこれ程緊張してはいない。

だいたい何故自分がこれ程まで緊張しているのかわからない。

一世一代のイベント、と言うほどのお祭り事でもないじゃないか。

そうさ。
今日は、髪を切るだけだ。

女性にとっては一世一代のイベントでも、男の自分にとっては大した行事ではないはずだ。

というか、一年前までの自分だって髪を切るのは近所の1000円の散髪屋さんだった。

なのに大学を機に都内へと進学したはいいが、近所に手頃な理髪店がない。

歩き疲れて、ここでいいかと一番寮から近い美容室に入ったのがそもそもの間違いだったのだ。

入り口近くの看板の前で、入るか入らないか右往左往怪しい動きをしていると、店の戸が開き、唐突に話しかけられる。


「アーデさん」


ドキッとした。
心臓が飛び出すんじゃないかと思えるほどばくばくと高鳴り、動きがロボットのように固くなる。

だって、まさか。


「こ、こんにちわ」


「いらっしゃい」


にっこり微笑む彼を見て、顔が焼けるように熱くなる。

ニール・ディランディ。

この美容院の若き店主だ。

彼は扉を開け、手で入るよう促す。

畏まりながら中に入ると、店内のあちらこちらから、いらっしゃいませ、と声をかけられる。

それに恐縮しながらニールに先導され席につくと、女性が1人近づいてきて、いらっしゃいませ、と鏡に向かい歓迎をうけた。


「この方は俺が」


そうニールが女性にこっそり囁くのが聞こえると、女性は笑顔のままそこから離れて行った。


「アーデさん」


ニールに呼ばれ、ハッとなる。
彼はティエリアの髪にふわりと触れ、一房とって、一本一本流すように放していく。

その動作にドキドキしながら、肩が震えないように気を付けた。


「今日はどのように」


鼓膜をくすぐる、彼の声。
鏡を通してこちらを見る彼に照れて思わずうつむいた。


「いつも、のように」


「かしこまりました」










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