話
□呆れた顔で
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1組に向かって歩いている間に、とうとう曇り空は崩れた。
盛大な雨音に一瞬校内にいたほとんど全員が窓の外を見て、束の間の沈黙の後また元の喧騒を取り戻す。
「ひーじかーたくーん」
開いていたドアから顔だけ入れて、すぐそこの席に座っている土方の背中に呼び掛ける。相変わらず姿勢が良い。
「んだよ」
土方は俺の方を振り向きもしないで言った。もしかしたら読んでいる本に返事をしたのかもしれない。だとすれば病気だ。
「英語の教科書貸してくんねー?」
「何度目だ」
「ん?」
「てめーが俺に教科書借りに来るのは何度目だよ」
土方は文庫本と会話モードのまま、不機嫌そうに尋ねた。一応ここは無口な紙たちの代わりに俺が答えることにする。
「六回目くらい?」
確実にもっと多いけど、覚えてないから適当に。
「ざけんな」
「いや、でもお前だって覚えてないっしょ?」
「二十三回」
間髪入れずに答えが返ってきて絶句した。
「てめーは猿以下だ」
ノックアウトー!坂田選手は手も足も出ないー!という脳内実況の声に倣ってその場に仰向けで倒れこんでみた。
女の子通ったらパンツ見えるんだけどなー。あー、なんか床じめじめしててちょっと嫌かも。
梅雨って湿気が多くて困る。天パに優しくない季節だ。優しい季節なんてねーけど。
「おい、馬鹿」
「ウキー」
「起きやがれ」
土方は今度こそ俺に話し掛けているらしかった。
俺を見下ろしている顔に向けてなるべく猿っぽい顔を披露し、ちょっと恥ずかしくなって立ち上がった。
「これで最後だからな」
差し出された薄い教科書を受けとる。
俺は土方がこの前もその前もそう言っていたことは覚えていた。もちろん本人だって覚えているだろう。
なんだかんだ言って結局は優しい土方の、呆れたような馬鹿にしたような顔が、俺は大好きだ。
終
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