夢物語

□夏匂
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「私が死んだら、泣く?」

読み終えた文庫本を閉じて、隣に座る銀さんの肩に凭れかかる。
ぬくもりと、洗剤の香りと、少しだけ汗の匂い。

「なんだよ、いきなり。銀さん心配性なんだから不吉なこと言うのやめてくんない?」

銀さんは慌てたように早口でそう言って、私の肩を抱いた。

額から頬を伝って汗が流れ落ちる。日も暮れたとはいえ、扇風機しかない万事屋はやっぱり暑い。せっかくシャワーを浴びてきたのに、背中もすっかり汗ばんでしまった。

だけど不快に思わないのは、やっぱりこの人のおかげなんだろうか。

顔を覗きこむと、不安そうな銀さんの瞳が私を見ていた。

「恋人に先立たれた男の人の話だったの」

銀さんの膝の上の、開かれたジャンプに文庫本を乗せる。
ちらりと下を見て、また私に戻ってくる銀さんの目。不安の色は未だ消えず。

「俺、多分すげー泣くからな。顔中溶けて流れ落ちちまうくらい」

「…グロいよ」

少し想像しちゃったじゃないか。
しっかり固めておいてやろうと、両手で銀さんの頬を挟んだ。
そのままぐにぐにと遊んでみる。

「なにしふぇんの」

「んー、なんだろ」

鼻をつまんで見たり、瞼を下げて見たり、顎を引っ張り出そうとしてみたり。
銀さんて本当は結構かっこいいのに、簡単に変な顔にもなるから不思議だ。

「ななこ」

「ん?」

自由に遊んでいた両手が捕まえられた。銀さんの汗ばんだ手は、私より大きくて、私より熱い。

あ、かっこいい顔になった。

見惚れていたら、口付けられた。
もっと見ていたかったけれど、大人しく目を閉じる。
いつもより唇は少ししょっぱい気がした。

夏だ。暦の上ではもう秋だけど。

そのまま抱き締められて、かっこいい顔はおあずけとなった。
銀さんの広い背中に手を回すと、汗で少し湿っていた。きっと私の服も同じようにしっとりとしていることだろう。

「ななこは俺が守るから、俺より先に死ぬなよな」

耳元で囁くように銀さんが言った。命令のような懇願のようなその言葉は、なんだか残暑によく似合っているように思った。

うん、と頷いて、顔を見ようと少し離れる。

キスをされて、またおあずけになった。






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