話
□きてれっつ
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あァ、空はこんなに青いのに風はこんなに暖かいのに太陽はとっても明るいのに、どうしてこんなに眠いの?(ちなみに今日は曇っている)
そこまで歌って目を開けた(睡眠不足)。
誰もいなかった筈の教室に(いつもの学校いつもの教室)、いつ戻って来たのか土方がいた。
一番後ろにある俺の席から見ても、黒板の前で煙草を吸う土方が疲れているのは見てとれる(あの子は今日も元気がない)。
「おにィさん、見つかっちゃうよー?」
「あァ」
重症。
「こっち来て座ればー?」
「あァ」
そう言いながら動こうとしない。かなり重症。
俺は立ち上がって、踵履きした上履きを引きずりながら土方の所まで歩く。
土方は俺を見て、唇の端を少しだけ持ち上げた。そしてまたすぐに視線を床に落としてしまう。
辛いなら、さっさとそう言やァいいのに。
「委員会お疲れさまー」
「あァ」
さっきからそれしか言ってねーし。なんかむなしさを感じた。眠気のせいかそれは苛立ちに変わる。
くわえられた煙草を取り上げて黒板に押し付けると、百回擦っても消えなさそうな小さな焼き跡が出来た。
取られた煙草を目で追って、それでも土方は何も言わなかった。
おいおい、風紀委員なんだからこういう輩はちゃんと叱らないと。まァ、委員本人が煙草吸ってんのがまず問題なんだけど。
反応を得られないことにますます苛立ちは募って、衝動のままに睡眠不足の理由を告げてしまおうかと思った。
なァ一晩中お前を犯す想像をしてたなんて言ったらどうするよ?しかもシチュエーションは全く同じ。放課後、教室、俺とお前の二人きり。ぼんやりしてるとマジでヤっちゃうよ?
なんて。そんな度胸ねーけど。
持っていた吸い殻をゴミ箱に投げ入れた。通り越して壁との隙間に落ちたけど構わなかった。
「近藤さんが…」
俯いた土方がやっとまともな言葉を発したと思ったら、聞こえたのはあの男の名前だった。俺の苛立ちは嘆きに取って変わられてしまう。
そりゃァ俺はお前のお友達だし、男が好きだとカミングアウトされた時だって受け入れた。というか既にお前のことが好きだったから、なんだよ両想い!?だなんて浮かれて根掘り葉掘り聞き出してしまった。それがいけなかったんだ、わかってる。
その結果、俺は土方にとって唯一の相談相手になってしまった。沈んだ顔をしていると思って話かければ、いつも同じ名前が出てくる。ひどい話だ。
「まァ…とりあえず座れって」
だからといって突っぱねることなんてもちろん出来るわけがない。頼りになる友人の笑みを浮かべ、教卓前の机の椅子を引いて土方を座らせた。
「で、今日はどうした?」
その隣の席を土方のすぐ横にくっつくようにずらして座り、肩に手を乗せて顔を覗き込む。
往生際が悪いかもしれないが、これくらいさせてもらったっていいだろう。そして土方はそんな俺の下心を少しも疑いはしないようで、縋るような瞳で見つめてきた。
いつも強がっている土方のこんな顔が拝めるのは俺だけだ。そう考えるとやっと救われた気持ちになれた。
「とうとうデートを取り付けたって…」
「いやー、そりゃねーだろ。ないない。だって相当嫌われてたじゃねーか、天と地が引っくり返ってもありえねーって」
「俺も聞いた時はそう思った…けどよォ、あの人すげー嬉しそうで…なんつーかもう本当に、好きなんだろうなァって…現実突き付けられちまった」
どうやらデートをするしない以前に、近藤がその相手を想う気持ちの強さを目の当たりにしたことが問題らしい。たしかにそれは辛いだろうと思った。今俺が受けた痛みと、きっと同じだから。
もうかれこれ3ヶ月もこんなやりとりをしている。土方の傷ついた顔を見て、俺も傷つく。それの繰り返しだ、やりきれない。
正直、もうこれ以上こんな痛い思いをするのは嫌だった。土方にだってしてほしくないと思った。
今にも震えだしそうな土方の肩が俺に助けを求めているような気がした。
不意に、曇った脳の片隅に煌めくものが見えた。それは使命感という看板を誇らしげに掲げていた。
俺が土方の報われぬ恋に区切りをつけてやらなければならない。この痛みの連鎖を俺が断ち切ってやる必要がある。
強がりなくせに本当は弱いこいつを守れるのはこの世界で俺だけなんだから。
そうだ。それが俺がこの世に生を受けた意味。
頭の中から暗雲が全て取り払われ、広がった青空に天使が踊った。そんな想像が俺の口を軽々と割った。
「もうさ、やめにしちまえよ」
「は…?」
土方の瞳孔が開いて、驚きの言葉を発した口は半開きのまま固まった。そこから覗く赤い舌先に自然と目がいって喉が鳴る。
欲しい。そう思った。
土方が近藤ではなく俺を好きになれば、全てが解決するのだ。誰も傷つかずに幸せになれる、簡単な方程式。
俺なら土方に悲しい顔なんてさせやしない。鈍感な近藤とは違うのだ。土方を手に入れる使命があるのだから当然だろう。