話3

□甘い淡い
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高い位置に設えられた巨大なステンドグラスは、異国の女神と彼女に救いを求める人々を描いている。その広い窓辺に一人座り、晋助は無限の時の一部を浪費していた。

冬の夜の外気が身体を冷やし続ける。冷気と共にステンドグラスを抜けた月光は、巨大な本棚に挟まれた通路に淡い模様を描いていた。そんなものを、ぼんやりと眺めている。

「こんなところにいらしたんですか……、お風邪をお召しになりますよ」

唐突に、低い声が冷えた書庫に響いた。

始めからそこに居たかのように静かに、光の中に男が立っている。

「来んのが遅ェ」

「貴方があちこちに痕跡を残すからです。まったく……、何をなさりたいんですか」

「その口調やめろ、鬱陶しい」

「ですが」

「命令だ、十四郎」

晋助がそう言い放つと、眼下の男はわざとらしく溜め息を吐いた。

「……この我儘野郎。さっさと降りてこい、部屋戻んぞ」

「迎えに来いよ」

「ここまでわざわざ来ただろーが」

「十四郎」

命令だ、と言葉にはしなかったものの、名前を呼んでしまえば同じこと。十四郎は僅かに眉根を寄せながらも、無言でマントを翻した。

物音一つたてぬ静かな跳躍で、十四郎は晋助の元に辿り着く。この男には、架けてある梯子など無用だ。

色付いた月光が、向かい合って座る二人の横顔をそれぞれに染めた。

「寒ィ」

「当たり前だろ、外は氷点下だぞ。さっさと掴まれ」

「喉が渇いた」

「瞬きの間だ、我慢しろ」

「マント、取れよ」

取れと言いながら、晋助は待つ間も惜しいというように十四郎のマントの紐に手をかける。

「………なんなんだ、今夜は」

そんな呆れ声には耳を貸さず、剥き出しになった首筋に顔を寄せた。

「っ……」

取り払われたマントが、宙を舞いながら落ちていく。

「ん……、っ……い、て……」

食い付かれた十四郎が小さくが呻いた。苦痛の滲む甘い響きと血の味が、晋助の内側を満たしていく。

「……幾度繰り返しても、おめェは良い反応すんな」

牙を抜くと、首筋に空いた二つの穴は見る間に塞がった。どれだけ痛めつけ穢してやっても、十四郎の身体が被虐の痕跡を残すことはない。その見せかけだけの高潔さが、いつも晋助を煽る。

今日は何をしてやろうか。

赤く濡れた唇を舌で舐めながら、晋助は間近の十四郎の顔を見やった。

「晋助様」

名を呼ぶと同時に手が伸ばされ、晋助の頬に触れる。十四郎の白い手には温度がない。それでも、冷えきった身体には温かく感じられた。

「俺はずっと、お傍におりますよ」

柔らかな声と表情に、毒気を抜かれる。幾度も殺されておいて、どうしてこの男はこんなことが言えるのか。否、答えならとうに出ている。

「当たり前だ。解放なんざ、してやらねェよ」

死ぬほど優しい従者の身体を、晋助はきつく抱きしめた。








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