話(連載)

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潜り込んだ廃ビルの一室には、薄汚れた毛布や空き缶の類が転がっていた。誰かが棲み家にしているようだが、今は出掛けているのか人の気配はない。
足元の缶を蹴り飛ばすと、剥き出しのコンクリートの壁に当たって高い音をたてた。

沖田は頭を一振りして全身の力を抜き、自らにかけた封印を解く。少しずつ獣耳や九尾が顔を出し、抑えられていた感覚器官たちも本来の機能を取り戻していった。

カーテンのない窓から入る太陽光が、ネズミ色の床に異形の影を映し出す。己の虚像には関心を持たず、沖田は目を細めて雲のない空を見やった。

そこにあの不快なハイテクの気配は感じられない。あのまま再び捕捉されることはなかったのだろうか。焦りが取り越し苦労だったとわかり安堵するが、結局不可解であることには変わりなかった。

「あぁ…」

不可解なものは一つではなく、感情のこもった吐息をつく近藤も相当にわけがわからない。一目見ただけの、しかも恩を仇で返すような精霊に、何故こうも心を奪われているのだろうか。

近藤の目はすぐ傍にいる沖田を見ない。
長年一緒に過ごしてきた自分などすっかりこの世から消えてしまったかのようだ。

胸の辺りが煮えてくる。この感覚を沖田は幼い頃から知っていた、あの男が去って最近ではご無沙汰だったこれは。

嫉妬だ。
自分でも笑ってしまうくらい子供じみた、けれどその分純粋で力強い感情。

全身から漏れ出そうな狐火を抑えるのに苦労する。嫉妬の炎とはよく言ったもので、妖狐である沖田は感情が高ぶり過ぎると無数の火の玉を生み出してしまうのだ。
このゴミだらけの廃ビルならものの数分で焼失させられるだろう。すぐ傍にいる近藤の体なら数秒で灰と化してしまうはずだ。それくらい、制御できなくなった妖狐の力は危うい。

ビルなど何千棟燃えようが構わないが、近藤を失うのは絶対に嫌だ。その思い一つで、なんとか力が暴走しないように制御し続ける。しかしこれ以上近藤があの女について何か言おうものなら、もう抑えきれないかもしれない。

「どうかしたか?総悟」

そう問われた途端、硬直していた身体からふっと力が抜けた。今にも発火しそうだった周りの空気も、何事もなかったかのように落ち着きを取り戻す。

ただ一声掛けられただけで、気にしてくれるとわかっただけで、全てが丸く収まってしまう。そんな自分の単純さに呆れた。

「何でもないですぜィ?さて、さっさと行きやしょう」

涼しい顔をして、ぶんぶんと振り回してしまいそうな九本の尻尾に力を入れた。



 
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