話(高校生連載)

□ブラインシュリンプ
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補食され、排出され、循環の渦に呑まれ、再生。
何故俺は有機物なんかに生まれてきてしまったんだろうか。


2月。空を灰色の雲が容赦なく覆って、俺たちの世界を重い空気で押し潰そうとしている。
地球ってのは無機物なんだろうか、有機物なんだろうか。でかすぎてそんな枠には収まらないかもしれない。

完全防備で外気に触れるところなんてほとんどないのに、それでも北風は強く強く俺の冷点を刺激して止まなかった。今年の寒波は異常に強いらしい。
マフラーで顔の下半分を覆う。

「さっみィ…」

「なら戻りゃいいじゃねェか」

「それは嫌だ」

我が儘な野郎だ、と不機嫌そうに高杉は言う。そうやって悪態をつきながらもこの男は俺の気がすむまで付き合ってくれる。
聞こえなかったふりをして口笛を吹くと、高音が冷えた空気の中を遠くまで駆け抜けて行った。

四限の終わりまでは少しだけ時間がある。鉄製の柵に寄り掛かると、溜め込まれていた冷気がコートを突き抜けて肌を侵した。無機物の攻撃。
震えそうになる体を奥歯を噛んで制御する。好きで有機物になんか生まれたわけではないんだ。

その体勢のままずるずると腰を下ろす。ひやりとした感覚に鳥肌がたつが、とりあえずそこにしっかり座りこんだ。冷たいコンクリートと鉄が、容赦なく俺から体温を奪っていく。

「死刑囚にだって温もりはあんのにな」

「わけわかんねェ」

見上げた視界にうまいこと高杉を収める。曇っているおかげで逆光に邪魔されることもなく、高杉の顔はきちんと俺の前にさらされた。
人を小バカにしたような、いつもの表情。眼帯に隠されていない方の瞳は、今確実に俺を捉えている。
それだけで幸せだと思ってしまう俺はきっと、相当おかしくなっているのだろう。

四限の終了を知らせるチャイムが鳴った。もうすぐ坂田と山崎がやってくるはずだ。

「なぁ、昨日告白されてたろ?」

からかうような調子で言う。

「あァ」

冷めた返事をして、高杉は俺に背を向ける。

「モテる男は辛ェな」

その背に向けて、わざとらしく笑ってみせる。心の中で、黒いものが頭をもたげていた。それを見透かされたくないような、いっそ暴かれてしまいたいような、相反する期待を持って高杉を見つめた。

そして沈黙。高杉はもうこちらを見ない。

体が背中と尻を中心にどんどん冷えていくのがわかる。このまま俺は鉄だかコンクリートに同化して無機物の仲間入りを果たすのかもしれない。
それも悪くはない。この有機体はどうも脆すぎる気がする。

「土方ァ」

「んだよ」

「俺ら一生このままでいるわけにはいかねェんだよ」

珍しく緊張したような高杉の声。未だ向けられない視線。違和感。

「いきなりなんだよ」

また笑ってみせる。何にも気付かない振りで口笛を吹き鳴らす。脆い心を殻で被う。

「いつまでも一緒には、いられねェ」

空気が、消えた。冷気も、消えた。

高杉の目が漸く俺に向けられる。固くなった意志の欠片がその瞳に宿っている。殻をも突き破る、鋼鉄。

あ、補食されちまった。

どこか遠くで、足音が聞こえた。








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