話(高校生連載)
□ごっこ遊び
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「土方さん、少し散歩しません?」
「…そーだな」
ノートに英文を書きつける手を止めてそう提案すると、土方さんはすんなり賛成してくれた。高杉さんに睨まれた気がするけれど、身に付けたスルースキルで気づかなかったふりをする。
今日は日曜日だ。外では雨が降っている。朝から坂田家にやって来てテスト勉強をしていたけれど、昼も過ぎて2時を回るとだんだん襲ってくる睡魔が増えて負けそうになる。息抜き時だ。
苦手科目のテストが終わった旦那は朝早くから本格カレーを煮込んでいてキッチンから出てこないし、高杉さんはいつものように読書中だ(しかも嫌味なことに洋書)。
俺と土方さんだけが真面目にやっていたのだから、少しくらい休んだって構わないだろう。
真剣に鍋をかき回す料理人にはバレないよう、こっそり素早くリビングを出る。ドアを開ける音で気付いたらしく慌てたような声を掛けられたけど、そこでもスルースキルを発揮した。後が面倒臭そうだけど、とりあえずそれは今は考えないでおく。
外に出ると相変わらず弱い雨が降っていた。けれど今日はあまり寒くなくて、散歩するにはそれほど悪くない気温だ。少しだけ、春を感じる。昨日までこのまま一生冬なんじゃないかと訝しんでいたくらいなのに。
俺も土方さんもそれぞれ似たようなビニル傘をさして、水溜まりを避けながら歩いていた。特に行くあてのない、気ままな散歩。
「テストもあと半分ですねー」
「そーだな」
なんとなく駅前の方に向かって足を進めていく。
「土方さんはもう志望大決めてます?」
「…いや…。お前は?」
「俺は医大です!」
傾けられた傘の薄いビニル先にある土方さんの横顔を見上げながら、少し冗談めかして言ってみた。
「…冗談だろ?」
歩みまで止めて、少し目を丸めた土方さんは俺の方を向く。傘越しではないその顔に笑いかけた。
「やっぱ難しいですかねー?」
「いや、お前それなりに成績あるし…ただ…」
「ただ?」
「お前結構抜けてるとこあるからな。医療ミスとかやらかすんじゃねーぞ」
そう言って土方さんは口の端を持ち上げた。あの高校で成績が少し良いくらいでは医大は難しい。それは土方さんもきっとわかっていて、それでも俺が医者になることを前提にしてくれたのが嬉しかった。
「あ、ゲーセン寄って行きません?」
駅前の通りにあるゲームセンターの前で立ち止まると、土方さんは頷いて傘を畳んだ。
久しぶりに入ったわりと広い店内には、日曜日だからか家族連れも目立つけれど、やっぱり多いのは俺たちのような年頃の男子学生だった。あまり女の子は見当たらない。きっと真面目にテスト勉強に励んでいるんだろう。
「プリクラでも撮ります?」
一通りゲームを物色しながら歩いて、特にやりたいものも見付からなかったから冗談半分にそんなことを聞いてみた。すぐに殴られるかと思いきや、土方さんは眉をひそめて何か呟いただけだった。
ゲームや子供のはしゃぎ声でそれはかき消されてしまって何を言ったのかはわからなかったけど、俺から顔を背けた土方さんはなんだか寂しそうに見えた。
その視線の先を探ると、プリクラ機が幾つも立ち並んだスペースがあって、その狭い場所にはこれまで見当たらなかった女の子の群れがあった。キャイキャイと騒がしい。ちっとも真面目じゃない。
こんなハーレムスペースを男子高校生が見逃す手はなかろうと思ったのだけれど、見る限りその中に男の姿はなかった。この街にはシャイな奴らしかいないのだろうか。
土方さんに肩をたたかれ、その指が示した先の立て看板を読む。『女性同伴以外の男性はご利用になれません』
呆気にとられた。まさかこんなところで知らぬ間に迫害を受けているとは。
「男同士は駄目なんだとよ」
静かに吐かれた土方さんの言葉は、何故か騒音を掻い潜って俺の耳まで届いた。そこには別の意味もきっと含まれているのだろう。自嘲気味な声音が切なかった。
「出ましょう」
返事を待たずに自動ドアの方へ向かう。
傘立てに無造作に突き刺さったうちから適当に二本のビニル傘を抜き取って片方を土方さんに渡した。雨は入る前より強さを増している。一雨ごとに春が近付くとは聞くが、やはりどうしてもうっとおしく思ってしまう。
「いつまでも一緒にはいられねーってよ」